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ついてない日こそ淡々と。

こんばんわ。はやぶさ.comです!
皆様、1週間お疲れ様でした。

相変わらずの思い出し更新をお許しください。


最近みんな元気してますか??

僕は元気ないです。とびきり。笑

いま『笑』を「w」で打つかどうか迷うくらい元気ないです。

それでも東京都世田谷区の駅近徒歩2分の狭い物件で息してます。

気づけば東京に来て7年。

25歳で上京してきた自分と、環境も仕事も価値観も変わった今です。


少し話はそれますが、
今月の頭に祖母が他界しました。93歳でした。

急病の知らせに福岡へ帰省し、生前の祖母に会うことは出来ましたが
言葉を交わせる状態ではなく、肩で息をする弱った姿での再会でした。

祖母の意向で手術はせず、薬の投与で衰弱していったようです。

その翌日、病院からの連絡で母と病室に向かい
到着して数分後に静かに息を引き取りました。

初めて目の前で人が息を引き取る瞬間に立ち会いました。

祖母は最後の最後まで頑張ったから
僕は「よく頑張ったね」と声をかけました。

生前は孫やひ孫に囲まれて、一緒にご飯を食べたり
プレミアムボックスで親族集まって野球観戦したり
そこには間違いなく幸せな時間がありました。

きっと病室で一人になった時に
一気に心が落ち込んで容態が悪化したのかもしれません。

とはいえ苦しむ姿を家族へ見せずに
ゆっくり眠りについた祖母は家族孝行だと思います。


それからの僕といえば、祖母からもらった問いとにらめっこの日々です。

”限られた生の時間をどう過ごすか?” という問いと。


最近兄夫婦に双子が生まれました。

生まれて間もない赤ちゃんを抱っこした時に
その子達もまた一生懸命呼吸をしていました。

呼吸に始まり、呼吸に終わる。

迎えられる命があれば、見送られる命もあるんだなと。

勘違いして欲しくないのは、
決して悲観的に今を捉えているわけではなく
祖母が残してくれたメッセージをしっかり受け取ろうと思ったんです。

93年間の人生を全うした祖母の言葉を。



誰しも平等に「約束された最期」に向かって今日が続いています。

それなのに僕は今日という日に落ち込んだり
苛立ったたり、不満を持ったり忙しいです。

なりたい自分だったり、形にならない現状との差分が
毎晩のように僕を指刺して笑っているかのように感じます。

ひとつひとつのことが全て上手くいけば良いけど
10あれば9上手くいかないのが人生だから、
そんな日も自分が出来ることを積み重ねていくだけ。

こんな風に時間が過ぎていくことが余計焦るんだけどね。

でも30代になって分かったのは

『大きな結果を出せるのは、準備をしていた人だけ』ということ。


今日蒔いた種が明日花を咲かすことはなく、
丁寧に環境を作り、水を与えながら芽を出し花となる。

いろんな人の情報が花を咲かせるまでの距離を曖昧にしてるし、
花が咲いた後の景色を僕らは見過ぎたんだなと。

だから今一度、自分の苗を、鉢の大きさを、土の硬さを、
種の種類を、必要な肥料を、咲かせる範囲を、再確認する必要がある。

そして今日も枯れないくらいに水を与え続けること。

それが自分だけが選べる一番の近道ということ。

いつか終わりが来るなら、楽しい時間は長い方がいい。

だから今はその時のスパイスになる時間だと思おう。

よく食べて、よく笑い、よく眠ろう。

Life is Contents-人生はネタだ-


祖母と24歳のはやぶさ.com

ばあちゃん、ありがとね。


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