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アルコール

浴びるほどお酒を飲んだのがいつの頃までのことだったのか、思い出せない。かつてのわたしは依存症だったわけではないが、アルコールに飲まれる生活を送っていた。

大学の実習をする時、白衣を肘までまくってアルコール消毒を受けた。ほんの少しして、腕が赤くなる子が数人いて、彼らはアルコール分解酵素が少ない、つまりお酒に弱いんだと説明を受けた。わたしの腕は白いままだった。

大学に入ってからの「飲み」は休むことなく出席、研究室の酔った生化学の担当教官はわたしを指さして「君はアルコール分解酵素がある」と言った。わたしは人よりお酒に強いというわけではなく、酔っても醒めるのが早かった。すぐに酔いが醒めてしまうので、また酔うために飲む。際限なくその繰り返しでそれでも体調が悪くなることはなく、気がつけば酔いつぶれた酔っ払いたちの介抱をする役に回っていた。

お酒というのは人にもよるが、楽しい気分にさせてくれる。それは悪いことも忘れさせてくれるということだ。当時、プライベートで「不幸」としか呼べないできごとが次から次に続いていたわたしはとりあえず飲んだ。ひどい時は学校が終わるとまだ夕方にならないうちからコンビニでビールとざるそばを買い、それを夕飯にした。

好きなお酒はジンとウォッカで、居酒屋より静かな店が好きだった。飲みやすく割ったジンやウォッカを好んで、お酒の好きな女友達と飲みに行って男の子だけのグループに奢ってもらって誘われたり、男の子とデートに行ってバーに入るとふつうの女の子が頼むカクテルがわからなくてあたふたした。結局、その日はカシスオレンジなどジュースみたいで頼めず、マティーニを頼んで男の子に引かれた。今となっては笑い話だけど、懐かしい。

ある時は同窓会に行ってその場のノリで、男の子とビールの飲み比べをしたこともある。乾杯の時に大ジョッキを頼んで男の子に諌められたことのあるわたしは、同級生と大ジョッキでとことん飲んだ。お互い味なんかわからなくなるくらい飲んで、さすがにその日は酔いつぶれた。

そんな風に人と飲んだりもしたけれど、やはり好きなのは一人で飲むことで、嫌なことがあると頭の中のどこかがツーンとしてスイッチが切り替わるまで飲んだ。泣きながら飲んで、泣き止むまで飲んだ。飲んでから入るお風呂は酔いを呼び起こしてくれて楽しみの一つだった。

いつからだろう、飲まなくなったのは?

そう、子供を妊娠してからだ。妊娠中の飲酒は胎児に影響を与える。結婚するまで子供嫌いだと思っていたわたしは、できてみればお腹の中の子供をとても大切に思うようになっていた。三人の子供、つまり三回の妊娠中、覚えている限り飲んだお酒は白ワインの小さなボトルの半分。それは結婚式に引き出物として配ったもので、オリジナルのラベルのついたワインだった。どうしてそれを飲もうということになったのか忘れたけれど、久しぶりのワインは美味しかった。

それから、子育ての間にもいろいろ辛い時はあって、そんな時は子供を置いて買いに行くわけにもいかないので、買い置きのお酒を夫のいない時に飲んだ。缶チューハイ、ビール、ギルビーのジンやウォッカは夫が買い置きをしなくなり、それでもやりきれない時は料理用の安い数百円のワインを飲んだ。酔うためだけに飲む、不味い酒だ。飲んだことがない人にはわからないくらい、味は関係のない、ただアルコールであるということに意味のある酒だ。自分で言うのもなんだけど、最低の酒飲みだった。

現在、なぜかそういう無茶飲みはしなくなった。年齢とともに肝機能が低下しているからかもしれないし、若い頃より自制心がきくようになったのかもしれない。夫はコップ一杯のビールで寝てしまう人なので、仕事に響くからという理由で休前日しか飲まないと決めたのも良かったのかもしれない。母が飲まない人だったので、男の人が飲まない時には飲まないというポリシーを持っていたのも良かったんだろう。

飲まないと段々、弱くなるもので、今では三パーセントの「ほろよい」がわたしのお気に入りだ。ワインならドイツの白、ジンはボンベイ・サファイアと言っていたわたしとはサヨナラして、ビールかチューハイの小さな缶を二人で半分ずつ、というのが定番だ。

本当にごくたまに、今でも料理用の赤ワインを吐きそうになりながら飲むことがある。あらゆる意味で最低な気分になる。本当に不味いし、悪酔いもする。ストレスは溜めないのが一番だ。

最近、困ってしまうのはアルコールを飲むと、朝まで一睡もできなくなるということだ。アルコールには覚醒作用があり、寝酒には向かないという話はあるけれども。ぐーぐー寝ている夫を見ているとなんともうらやましくもある。何しろこっちは酔いなんかとっくに醒めて、ただただ眠れずにいるのだから。そんなことはおかまいなしに、コップ一杯のビールで寝られる夫に代わってみたいものだと思う。

今日も眠れないまま、朝を迎えてしまった。

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