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14 ホーリー・アイランド①

「面影を追い続ける男」 14 ホーリー・アイランド ーツリー①ー


 長い時間をかけてスコットランドを出た。
 今俺たちは、海沿いのA1道路を南へ向かって走っていた。
 彼女はどうしてイギリスを選んだのだろう。ここに居ても日本を思い出さない日はないだろうに。本当は帰りたいのに、それを引き延ばしているように見える。

「変わった島があるわ」
 切り立った崖に沿って大きくカーブを描いた道を抜けた後に、その島は見えてきた。島と言うより丘と言う方がピンとくるような、プリン状の形をしている。
 目を引くのは頂上にある岩の城のような建物で、そこへ登って行く細い道が、模様のようにくねくね伸びていた。
「あれはホーリー・アイランドと言うんだ。由来は知らないけれど」

 坂を下ると、真っ直ぐな道が広がる海辺の町が続いていた。
「ここに来たことがあるの?」
「そう、演奏旅行で来た」
 <フィッシャーマンズ・コテージ>とか、<蟹のスープ>という看板が点在する、ここは小さな漁師町だ。

 遅い昼食を取るために車を止めた。町は前に来た時に比べると、とても活気があった。
 歩道の街路樹にはチカチカ光るライトが灯され、人々は外のテーブルで楽し気にお茶を飲んでいる。シャンパンを大事そうに抱えて歩く人とすれ違う。
 家の窓辺には赤い花が置かれ、雪の結晶をスプレーで描いた窓もある。ピエロの恰好をした男が、道行く人にバラを配っていた。

 俺たちは賑わうパブの窓際に座り、蟹のサンドイッチを頼んだ。こんな風に座っていると、俺たちも幸福そうな恋人同士に見えるのだろうな。
「このすぐ先に、昔仕事で行った場所がある。すぐ戻ってくるから待っててくれ」
 もし睦月が一緒に行きたいと言ったら断る理由が見つからなかったが、彼女は素直に頷いた。

 バーはまだ開いてなかったので、従業員用の入口から中に入る。扉を押すと、「今日は休みですよ」という声がして振り返った。
「相変わらず、セッションやってるの?」
 俺は舞台にあるピアノを見ながら訊ねた。
「ええ、毎日のようにね」
 若い男はそう答えながら、ピアノを磨きはじめた。

「あなたは何年か前に、ここで弾いてたピアニストでしょ? 僕覚えています。ここは父の店だからよく聴きに来ていたんです」
 そうか、あの時ちょろちょろしてたあの子か。
「親父さんは元気か」
「はい、相変わらず」
 鍵盤の一音がなつかしく響く。
「力強いのに繊細な音で、トリオのセッションがとても良かった。あとボーカルのささやくような……」
 そこまで一気に喋った後、彼は口をつぐんだ。

「彼女はあれからここに来た?」
「いいえ、見たことないですね。あんなことになって……」
「あんなこと?」
「いえ、余計なことを言いました。明日はやっていますから、よかったら聴きに来て下さい」
 彼はそれだけ言うと、店の奥に行ってしまった。

 歩きながら、今までもマリアのことを訊ねた時の人々の反応を思い出していた。
 みんな彼女について話す時、顔が曇ったような気がする。

 彼女が行方不明になったことを知っていて、俺を気遣うかのように。





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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次


いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。