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5 ティンタジェル 男たちの町⑥

「面影を追い続ける男」 5 ティンタジェル ー男たちの町⑥ー



 カーブを何度も切り、自分の不安が現実にならないうちに、次に行くべき場所を探し始めた。

 まだ売れなかった頃、彼女と仲間たちと共に地方に演奏旅行に出向き、パブやジャズバーで音楽を奏でた。そんな行き先に彼女が訪れているか確信はなかったが、今、自分に出来ることが他に思いつかなかった。

 山道が終わって、再び新しい街を走っていた。

 青年をパブまで送り届けるべきだったか、それとも強引に違う街まで連れ出すべきだったか。
 俺は彼を救い出すきっかけを作るべきじゃなかったのか。そのために出会ったのかもしれないのに。
 そんな傲慢な考えが頭から離れなかった。

 きっと彼はまた誰かを待ち続けるだろう。あの重苦しい店で、あの姿勢のままで。
 待つ人間は、待つだけ。何も探せない。
 でも、今の俺には他人の運命を動かす勇気はなかった。俺は救世主じゃない。


 青年のことを考えていると、ロンドンが気にかかった。通信手段を一切持たないで来たから、連絡しないままだった。
 道端の電話を探して、車をゆっくり走らせる。
 作動するかわからない古びた公衆電話に、ポケットからコインを探して入れてみる。
 指先が彼女の写真に触れた。

「はい。バークレー総合病院です」
「精神科のドクター、エドワード・マクレナン氏を」
「今、お繋ぎ致します」

 現実へのコールが鳴る。
「はい、マクレナンです」
「エド、俺だ」
「ツカサ! 今何処にいる?」
「わかるだろ? 彼女を捜しているんだ」
「何て言った?」
「入れ違いに戻ってないか知りたかったんだ。まだ帰ってないか?」
「マリアのことがショックだったのはわかる。すぐ戻って来い」
「いないならいい。また電話する」

 やはり、車を引き返して迎えに行こう。多分、彼は今の俺と同じだ。
 不安を取り除くことなんてできはしないけど、少しの間そばにいることはできる。

 来た道をまた行くと、彼が坂の上で佇んでいるのが見えた。
 泣いていたのだろうか。車を降りて近寄る。

 俺を見た途端、青年はまたサングラスを掛け直して何事もない振りをした。
 だが、身体が震えてうまくいかないようだった。いいよ、それで構わない。

 今夜は一緒にあの景色の話をしよう。
 俺はやわらかい髪を引き寄せて、あたたかい感触に身を浸した。

 束の間の温もり。
 再び孤独に向かうための、一瞬の休息。



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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次

いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。