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『新入社員と私』(お題:『新入社員』)​

「あー、ちょっと良いかみんな」
昼休みが終わり、さあ昼からも頑張るか、と半ば諦め気分でパソコンの前に座った直後のこと。
めったに現場に顔を出さない如月人事部長がひょこっと現れた。
「急な話で申し訳ないが、明日から新入社員を一人こっちに配属させるから、よろしく頼む」
「は?ここに……ですか?」
突然の話に飛び上がったのは、私の直属の上司、羽田課長だ。
「何か問題でも?」
「あ、い、いや、問題……ってほどじゃないんですが」
如月部長の鋭い視線にビビりまくりの羽田課長。
アレじゃあ言いたいことも言えないだろうな、と思った私は、ふう、とわざとらしいため息をついてから顔を上げる。
「如月部長。ご承知かと思いますが、うちは『人材整理課』です」
「ああ、それは解ってる」
私の発言に眉をひそめる部長。よっぽどぺーぺーに口を挟まれるのが嫌らしい。
「世間じゃ『リストラ課』なんてありがたい名前を戴いてるそうで」
「加藤くん……!」
私が遠慮なくズバズバ言うから、羽田課長がオロオロしてるけど、知ったことじゃない。
「そんな部署に新入社員を投入するなんて、辞めてくれ、って言ってるようなもんじゃないですか?」
「言ってるような……じゃない、言ってるんだ」
私の問いかけに、如月部長は痰でも吐き出すように答える。
「社長絡みで入ってきた新人なんだが、どう考えても受け入れ先がない。キャラは立ってるが手作業はダメ、喋りや考え方が幼い、何より図体がでかいとなれば、もうどうしようもないだろう?」
「うわ……なんですかその新人。どっかのボンボンですか」
羽田課長が思わず問うと、如月部長も「それならまだ救いがあるんだがな」とため息混じりに返す。
「まあ、社長絡みだ、ってことで、大体予想はつくだろ」
如月部長がそう言って苦笑いするのを見て、私はああ、と妙に納得する。
なんせうちの社長は二代目らしい二代目で、常に人の予想の斜め上を突っ走るタイプだ。
でなければ、『リストラ課』なんて部署が平然と社内に存在できるはずがない。
「まあ確かに、あの社長なら人間じゃなくても採用しそうですもんね」
「こら、加藤くん!しーっ!」
私の毒舌を遮ろうとする課長。
「しーっ、って言われても、ホントの事ですもん」
私の言葉に、如月部長が大きく頷く。
「さすが社長の幼馴染みだけのことはある、良く解ってるじゃないか」
如月部長の返答に、私と羽田課長が目を大きく見開く。
「……へ?」
「……まさか、」

『~キャラは立ってるが手作業はダメ、喋りや考え方が幼い、何より図体がでかいとなれば、~』
先ほどの如月部長の言葉が、私と羽田課長の脳裏を過る。
しかも、『人間じゃない』に反応した。

まさか、……いやでもいくらなんでもそれは……。

「あの……まさか部長、その新人って――」
「お、イカン。そろそろ失礼するよ。邪魔したね」
顔を真っ青にした羽田課長の問いかけは、しかし如月部長のわざとらしい演技に遮られる。
いや、逃がすもんか。お荷物を背負い込むんだ、簡単には逃さない。
「部長、まさかその新人、人間以外の動物じゃないですよね。クマとかオランウータンとか」
私が追いかけるように問いた声に、部長は背中を向けたまま「大丈夫、それはない」とだけ早口で答え、そして私達の追求を逃れるかのようにさっさと消えてしまった。

「……嫌な予感しかしない、よねぇ」
その逃げ足の速さに呆気にとられていた私に、課長がため息混じりの声をかけてくる。
「ま、そうですね」
私はいつものことだ、と言わんばかりに肩を竦めてみせる。
「どちらにせよ、私たちは、その新人が仕事に嫌気を覚えて退職するように仕向ければ良いんです。ある意味いつもどおりの仕事ですよ」
私が平然と言ってのけると、課長は「そりゃまあそうだけども、」と不満気な様子で返してくる。
「これまでは少なくとも人間だったからなぁ……」
「ま、アレも部長の冗談かも知れませんし、じたばたしても始まりませんから」
私がそう言って立ち上がると、課長も次第に面倒臭くなってきたのか、それもそうだね、と苦笑いしながら椅子に沈み込んだ。

そして次の日。
私と課長は、まさしく予想外の「新人」の登場に、腰を抜かしそうになった。
「確かに、キャラは立ってるね……」
課長が呆然とした表情で「新人」を見上げながら呟く。
「確かに、デカイですしね……」
私も呆然とした表情で「新人」が苦労してドアを抜けようとしてるのを見つつ言葉を返す。
「手も、アレじゃ作業どころか何も掴めないしね……」
「言動が幼い、って、そもそも喋れるんですかあのバッテン口」
「ああっ、耳がドアを壊しそうだ。大丈夫かな」
「とりあえず明日からはあの耳、切ってもらいましょうよ」
言いたいことをズバズバ言ってるうちに、ようやくその「新人」はドアを抜け、狭い通路を机や棚を蹴り倒しながら私たちの前にやってくると、その瞬きすら出来ないつぶらな瞳で私たちを見つめ、ぺこり、とそのでかい頭を下げた。
「こんにちは、私の名前はミッフィー。よろしくね」
なぜか目の前の本体からではなく入り口から聞こえてくる声。
……誰がどう聞いても、その声は社長秘書の武田さんだ。
ということは……。
私は改めて目の前のミッフィーを観察すると、なるほど本体から聞こえてくるぜぇぜぇと息を切らしたような呼吸音に、どこか聞き覚えがある気がする。
「あ、あー、っと、……どうするんだ加藤くん」
どう切り返して良いかわからない課長が、コソコソと私に問いかけてくる。
まあ、普通はそうだろう。
なんせ、目の前にはミッフィーがいて、なぜか新人の部下として配属されてきたのだから。
しかもそのミッフィーの中身は、社長ときた。
「どうするったって、どうしようもないでしょう?」
「いやしかし、ちゃんと座れるのかこの子」
「かまやしませんて、あの隅っこに立たせておけば十分です」
「いやそれはまずくないか?」
「十分です」
オロオロする課長をぴしゃり、と制して、私は自分の席に座る。
『メラニーってきれいな茶色ね』
「うるさいウサギ野郎、さっさと隅っこで立ってろ」
私の容赦無い言葉に、バッテン口のウサギ野郎はすごすごと部屋の隅に歩いていく。
……棚とかバッタバッタ倒しながら。

で、この新人、どうしようか。
(了)

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