私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション9『泡(あわ)』
セレクション9『泡(あわ)』
私の記憶は、まるで水面に浮かんでくる泡のようだ。
若い頃は炭酸水のように次から次へと浮かんでくる記憶が、歳を取るごとに、まるで炭酸が抜けるように、近い記憶から少しずつ浮かんでこなくなり、今では何を覚えていて何を忘れたのかさえも解らなくなった。
だから私はこの何処に在るとも知らない施設の中で、他の人達と同じように椅子に座っている。
ぼんやりしている訳では無い。
泡が浮かんでくるのを待っているのだ。
それも、とても大事な泡を。
幸いにも、残りの人生、私には他にすることも出来ることも無い。
残された時間もたっぷりある。
まあ、例え明日あの世に旅だったとしても、あの世でも時間はたっぷりある筈だ。
これまで一世紀近く生きてきて、少なくとも悔いは無い。
いや、たとえ悔いが有っても、どうでも良い。
今の私が覚えていないなら、どうでも良い。
「…さぁん、何か良いことあったんですかぁ?」
すぐ傍で誰かの呼ぶ声が聞こえ、私はにこりと微笑んだ。
『泡(あーわ)』
1 液体が空気を包んでできた小さい玉。あぶく。「―が立つ」
2 口の端に吹き出る唾液(だえき)のあぶく。「―を吹く」「口角(こうかく)―を飛ばす」
3 すぐ消えるところから、はかないことのたとえ。「多年の苦労も水の―となる」
(大辞林より引用)
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