百物語タイトル

百物語『何を見た?』




数日前の日曜日のことだ。

たまの休みだからと家族で買い物に来たショッピングモールの100円ショップで、私はVR動画キット、なるものを購入した。

(写真はキットの参考例です)

VRとは『バーチャルリアリティ』の略で、VR動画というのは最近Youtubeやニコニコ動画などでも見られるようになった『360度ぐるりと見渡すことができる動画』のことを指すのだ、というのは私も知っていた。
視聴するにはそれ用にデザインした機械を購入するか、見ようと思えばレンズと段ボールさえあれば簡単に観ることができることも知っていたが、まさか小学生の自由研究じゃあるまいし、わざわざ自分で作るなんて面倒なことをするわけもなく、かと言ってただ動画を観るだけのために数千円から数万円も金をかけるのもバカらしかったので、私にとっては『どうでもいいもの』として、それ以上興味を持つことはなかったし、たぶんこれからも持つことは無いだろうと思っていた。

そんな私がなぜ、100円ショップに在った『VR動画キット』という、段ボールの入った袋を100円で買う気になったのか、と言えば――

――まあ、単に暇だっただけで、他意はない。


買い物から帰宅してすぐにリビングに入り、子供たちと一緒にソファに座って先ほどのキットを取り出した私は、その作りのあっけなさ――ただ折り曲げて所定の穴に差し込んで、付属のマジックテープを貼り付けるだけ、という――に『これで『夏休みの自由研究です!』なんて持ってったら絶対先生キレるよなぁ』と苦笑いしながら、それでも不思議そうに見つめる小学1年の息子のために、ため息一つついてからおもむろに組み立てていった。

「――よおし、これであとはスマホを差し込むだけ、と」

私はわざと息子に聴かせるようにしてつぶやくと、テーブルの脇に置いておいたスマホを手に取り、Youtubeアプリを開いてVR動画を検索し、そこにあったジェットコースターの動画をタップすると、そのままキットの所定の位置に差し込んで固定し、ほら、と息子に手渡した。

「え、いいの?」
「いいよ。――ほら、もう始まってるぞ」

私の言葉に息子は大慌てでキットを受け取り、その小さな手で包み込むようにして持つと、恐る恐るキットの中を覗き込んで――そして、はしゃぎ声が爆発した。

「――わ、おとーさんこれすご!落ちる落ちる落ちる!こわいこわいこわい!」

こわい、と連発しつつもキットを手放さない息子に、私はただただ苦笑いするしかなかった。

その夜のこと。

妻が息子と一緒に寝てしまったあと、私はウィスキーをちびりちびりと飲みながら、空いてる手でスマホを弄って、VR動画やVRアプリで面白いのがないか、と探し続けていた。

夕方、息子に続いて動画を観た私は、複眼タイプのキットだと360度動画――いわゆるVR動画としてアップされている動画を視聴することは難しいのだということを知った。
まあ息子の喜びようで100円のもとは取れたようなものだったのだが、せっかく作ったのだからもうちょっと刺激的なものを見てみたい――と思うのも自然の摂理、というものではないだろうか。

そして、ウィスキーがボトル半分無くなったころ。
検索でヒットしたそのずっとうしろの方に、気になる動画を見つけた。

『HOSPITAL(病院)』

とだけ書かれたタイトルのその動画には、如何にも廃病院が舞台ですよと言わんばかりのサムネイルと、『見るな!』とだけ書かれたそれ以上はほとんど書かれていない解説文しかなくて、「中身はさっぱり分からないけどきっと怖い動画なんだろう」と思わせる何かを匂わせていた。

「――よし、これだ」

私はなぜか妙な確信をもってその動画をタップすると、おもむろにキットにスマホを差し込んで、深呼吸を一つしてから、中を覗き込んだ――






気が付けば、病院のベッドの上だった。
もちろん廃病院ではなく、普通の病院のベッドの上で。
目を開けた先には、心配そうに見つめる妻と息子の姿があった。

どうやら私は、三日三晩の間、昏睡状態だったらしい。
原因は不明。様々な検査を受けたそうだが、頭から爪の先までどこにも異常は見当たらなかったそうだ。


「――さん、何か心当たりはありませんか?」

慌ててやってきた医者にそう尋ねられ、私はふと最後に見たはずのあの動画のことを思い出した。

「――確か、動画を観ていたと思います」
「どんな動画でしたか?」

間髪入れずに重ねてきた医者の質問に、しかし私は答えられずに首を振るしかなかった。

「わかりません」
「わからない?」

そんなはずは無いだろう、と怪訝そうにする医者に、実際に動画そのものの記憶が全くない私は苦笑いしか返せなかった。

――いや、記憶がないというのは嘘になるのかもしれない。

無くはないのだ。
ただ、『あり得ない』だけで。


だってそうじゃないか。

私は単に動画を観ていただけなんだ。
たとえそれがVR動画だったとしても、所詮は動画だったはずなんだ。


なのになぜ、私の記憶には、

むせかえるほどの錆びた鉄のような匂いや、
四肢を引きちぎられたような激しい痛みや、
耳元に吹きかかる生臭い息の生温かさだけが、残ってるんだ?


私はいったい、何を見たというんだ?

(了)

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