ChristmasStory表紙

『仮面ライダー変身ベルト。後編』

前編はこちら→https://note.mu/muturonarasaki/n/nc622fff25c66



そのおもちゃ屋はいわゆる全国チェーンの大きな店で、だからこそ地方都市であれば、どんな商品でも置いてあるような錯覚に陥りやすいのだが、
――まあ当たり前のことだが、そんな事は絶対になく、やはり売れ筋商品はさっさと売り切れてしまうものである。
当然、毎年の人気商品である『仮面ライダー変身ベルト』も、その入荷数の少なさから、まずクリスマス当日に購入することは不可能に近い。
だからこそ私も、ようやくクリスマスのクの字が見え始めた10月早々に、この店で世の奥様方と一緒に並んで、予約券を手に入れた訳だ。

(まあ、毎年の事だからな)

私はまっすぐ向かったレジで予約券を差し出しながら、今年もこの『変身ベルト購入ミッション』が成功したことに内心安堵しつつ、そんな自分に自嘲の笑みを浮かべる。

(しっかし、今年のベルトはまたふざけたデザインだな。ど真ん中が……これ、シフトレバーか?)

お待たせ致しましたあ、とにこやかに笑う女性店員がレジに持ってきたパッケージを見て、私は例年と似たような感想を思う。

「プレゼント用の包装ですが、どちらの――」
「ああ、緑のそれで。大至急頼むよ」

早口で告げる私の、いかにもタクシーの運転手らしい服装に、店員が笑みを浮かべたままわかりましたあ、と納得したような声を上げると、背後に下がってテキパキと作業を始める。

(客の意図を理解した返答、テキパキとかつ丁寧な手際の良さ。さすがだな)

私が彼女の梱包作業を眺めながらそんな事を考えていると、右手のレジから聞き慣れた男性の声が聴こえてきた。
「……そうですか、予約券が……」
「はい。申し訳ございません。大人気商品で入荷数も少なくて、そのようにさせてもらっているんです」
続けて聴こえてきた店員の声にちらりと横を向くと、やはりあの男性である。
この店に到着した際に一旦清算をしているので、まあ今は客ではないのだが、やはりそれでも袖擦りあった縁だ。
「買えませんでしたか」
私が気の毒そうな表情で問い掛けると、それでようやく私に気がついたのか、男性はああどうも、と軽く会釈を返してきた。
「いや、予約しないと買えなかったみたいでして。参ったな」
男性は心底途方に暮れているのか、落胆した表情を隠せないでいる。
「ちなみに、なにをお求めだったのですか?」
私が彼のあまりの意気消沈ぶりに思わず尋ねると、男性はええ、と力無く応えながら、何故か視線を横にずらす。
その視線の先には――

――先程の店員が梱包作業をしている、私の仮面ライダー変身ベルトがあった。

(……ああ、あれだったのか)

不意に。
私の脳裏に、悲しそうに見つめる息子の顔が浮かぶ。

(……そうか、これもまた『縁』なんだな、篤よ)

私は脳裏の息子にそう呟くと、大きなため息を一つついてから、隣に立つ、ただの通りすがりの、名も知らぬ男性に顔を向ける。

「あのベルト、お譲りしますよ」

私の言葉に、男性は――いや、その場に居た店員も、後ろに並んでいた他の客までもが、何故か目を見開く。
いや、あんたら関係ないだろ。

「……い、いやしかし」
突然の私の提案に、男性が戸惑いがちな声を上げる。
「良いんですよ。まだ支払いも終わってませんし」
私は苦笑いしながら応えると、まだ目を見開いている梱包作業中の店員さんに目を向け、お願いします、と告げた。



「あの……ありがとうございました」
再びタクシーの中。
後部席でおもちゃ屋の袋を大事そうに抱える男性が礼を言う。
「いや、ほんとにお気になさらず」
私は交差点を右に曲がりながら、バックミラー越しに笑顔で応える。
それでもまだ申し訳なさそうにしている男性を見て、私はいかに自分が人を見る目が無いかを痛感する。
(なんだ、いい人だったんじゃないか)
と。

「……実はね、そのベルト、もう貰い手がいなかったんですよ」
私の言葉の意味が一瞬理解できなかったらしく、男性は「え?」と一言答えたが、すぐに意味を理解し、その眉を悲しげに寄せる。
「5年前の今日、私は別の仕事をしていたんですが、その仕事場に電話がかかって来ましてね、」

あの電話の音は、今でも夢に見る。
もしあの電話を取らなかったら、私にも違う人生が待っていたのだろうか。

――そう、この男性のような。

「嫁さんも息子も、即死だったそうです。――まあそうですわな、居眠り運転でブレーキも踏まなかったダンプに突っ込まれたんですからね」
私は敢えて明るく言う。
そんなふうに言えるようになったのも、裁判が終わったここ最近のことだった。
「――まあ、死んじまったもんは仕方ないんですがね、ただ、どうしても心残りがあったんです」
「――心残り、ですか」
後部席から聴こえてきた問い掛けに、私は前を向いたままで、左手の親指で後ろを指差す。
「そう。それがその仮面ライダー変身ベルト、でしてね」


『仮面ライダー変身ベルトお?おいおい、俺は買いに行く隙なんて――』
5年前の3日前。
会社に電話をかけてきた嫁さんの願いを、私は無理だ、と突っぱねた。
それから3日後、おもちゃ屋を探し歩いていて事故に遭った二人の手には、息子が欲しがっていた変身ベルトはなかった。

――なかったのだ。

「もしかしたら、篤は、ベルトを欲しがったまま逝ったんじゃないか――そう思ったら、耐え切れなくてね」
既に私はバックミラーを見るのをやめ、彼の目的地へのルートをイメージしながら運転に集中している。
「だから、あれから毎年、買い続けてたんです、仮面ライダー変身ベルトを」
笑っちゃう話でしょ?と冗談っぽく言ってみる。

篤がもし生きていれば、今年で13になる。
まさかその歳で変身ベルトはないだろう。

そう。
今なら解る。

それはただの私の自己満足。
こんな私を、きっと二人は呆れて見ていることだろう。

私はすっかり静かになった後部席に肩を竦めて、もう目と鼻の先まで来ている目的地へと、アクセルをゆっくり踏み込んだ。


「2850円です」
恐らくは男性の住む家なのだろう、綺麗な一戸建ての前にタクシーを停めた私は、メーターを倒して後ろを振り向く。
後部席の男性は、取り出した財布から千円札を三枚抜き取り、私に差し出しながら、思い詰めた様子で私の顔を見つめる。
私はどう返して良いか分からず、曖昧な笑みを浮かべてその千円札を受け取り――

――何故か、男性が、千円札を離さない。

「どうかなさいま――」
「何か、お返しをしたいのですが」

私の問いを遮るように口を開いた男性のまっすぐな目が、いやそんな、と言おうとした私の口を開かせない。
「この、たった1時間の間に、私は貴方から大切なものを戴いた気がします。そのお礼をさせて貰わないと、私の気が済みません」
真面目な表情で深刻そうに言う彼に、私は千円札の反対側をつまみながら、ただ苦笑いしか返せない。
「私はただ、紙切れ一枚と笑い話をプレゼントしただけの、タクシーの運転手ですから」
「いえ。貴方のおかげで、私は大切なものが何か、思い出せました。貴方は私と息子にとってのサンタクロースなんです」

彼の真剣な口調に、私は力無く笑みを返すと、静かに口を開いた。

「私の方こそ、お客さんのおかげで、出口のないトンネルから抜け出せたんです。ありがとうを言いたいのは私の方ですよ」
お互い様ですって、と笑う私に、彼もようやく諦めたのか、千円札を掴んでいた手を緩めると、力無い笑みを返してくる。
私はすかさず財布からお釣りを取り出すと、彼に手渡しながら、

「頑張って、サンタさん!」

と、笑顔で声援を送った。


(12月24日PM10時25分。新潟県某所)

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