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私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション116『粋(すーい)』

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作者駐:『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、コメントいただければ前向きに検討させていただく所存です(←政治家か


「見よ!あれが我々の持つ技術の粋を集めて作られた、まったく新しい発想のロボットだ!」

K氏は自信たっぷりの口調で左手を真っすぐに差し出すが、そこにはなんの変哲も無いただの長蛇の列が並んでいるだけであった。

「あの、博士?あれはただの行列じゃないんですか?」

手帳片手に胡散臭そうにK氏を覗き込むのはフリーライターのN氏である。彼はK氏が何か作る度に何やかやと呼び出されては、ネタにもならないようなそれらのガラクタの良さを延々と騙られるという、ある意味この世の不幸を背負って立つ男なのである。

「何を言うか!あれを見なさい、あれを!」

K氏が改めて指した方を見ると、なるほど確かに一人だけ妙に浮いている人がいる。

「ああ、あの今頃冬物のトレンチコート着てる、バスケ選手みたいなデカイやつですか?」

N氏が疑わしげに問うと、K氏はしかし気にも留めない様子で「その通り!」と踏ん反り返った。

「あれの名は『行列クン27号』じゃ!」
「うわ、あんなもんを27回作り直したんか」

思わず出たN氏のツッコミにも一切耳を貸さず、K氏はいつものように語り始める。

「良いか、あれはな、各種センサーをフル活用して、前の人との距離を良い感じに保つことができるんじゃ!」
「ああ、オート渋滞走行機能が付いた車みたいなもんですね」

N氏が既に市販されている技術を引き合いに出すと、K氏はぐっ、と言葉を詰まらせながらも、しかし諦めずに語り続ける。

「さらに、さらにじゃ!あれには特殊機能も備わっておる!」

どうだ参ったか、と言わんばかりのK氏に、しかしN氏は「ほお、特殊ですか」と平然としたままで答える。

「うぬぬ、まあよい見ておれ。あれはな、行列に並んで一定時間が経過すると、ある機能が働くようになるんじゃ!」

K氏の自慢げな声にはあ、と答えつつN氏が見つめていると、なるほど確かにおかしなことが起こり始めた。

「あれ?彼の前の人、何だか具合が悪そうですね──あ、列から外れた」

大丈夫かな、とつぶやくN氏に、「ふふん、まあ見ておれ」とだけ返すK氏。

「見てろ、って言われても、あれは単に前の人が──あれ?また外れた」


そうなのだ。
N氏が見ている前で、ロボットの前に立っている人たちが次々と具合を悪くして列を離れていったのである。

「ほら見たか!あれこそ特殊機能、『超音波怪光線』じゃ!」
「ち──いやいや、だめでしょそれ!」

すかさずツッコミを入れたN氏に、「なぜじゃ?」と不思議そうに首を傾げるK氏。

「行列はルールを守ってきちんと並ぶ!当たり前の話じゃないですか!」

半ば呆れたように言うN氏に、こちらも負けじと呆れ顔を見せるK氏。

「じゃが、馬鹿らしいではないか!あんな下らないものを買うのに何時間もかけなければならんのだぞ?あれじゃ『行列クン』がかわいそうじゃないか!」
「あんたは何のためにあんなもん作ったんだ!」

キレたN氏が怒声とともに指差すと、K氏が呆れ返ったようにため息をついた。

「決まっておろうが。行列などというくだらんものをぶち壊すためじゃ!」

そう言ってうわっはっは、と馬鹿笑いをするK氏に返す言葉が思い付かないN氏。


その時だ。K氏の背後に、突然『行列クン』並の巨体が現れたのは。

「ほお、あんたが首謀者か」

巨体は怒りを押し殺した声でK氏の両肩をむんずと掴むと、そのまま引きずるように連れ去っていく。

「なな、なんじゃお前は!私の神聖な──」
「ああわかったから。とにかくあんたは『威力業務妨害』の現行犯だから、大人しく交番まで来い!」

お巡りさんは容赦なく言い捨てると、暴れるK氏を引きずったままで立ち去っていった。


ああ、世はなべて事もなし。
(1492文字)

すい [粋]
①すぐれていること。また,そのもの。
②[形動]世情や人情に通じていて,ものわかりがよいさま。いき。
 

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