私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション40『窯(かま)』
セレクション40『窯(かま)』
男は窯の前で静かに佇んでいた。
根路銘と呼ばれるその男に着いて来てはや3週間が過ぎたが、彼はただ器を焼いて過ごすのみで、俺に技術を教えてくれる気配すら見せない。
「……焼き物はな、おい」
窯の口を見つめながら、彼が呟くように話し始める。
「殺しと同じだ」
彼はゆっくりとしゃがみ込む。
「ただ何でもかんでもやりゃあ良い、ってもんじゃないんだ」
そしてじろり、と俺を見る。
「解るか、次郎」
彼に問われ、俺は黙って首を振る。
「解らんか。だが、いずれ解る」
彼はそこまで話すと、再び窯を見つめる。
俺は何と言って良いのか分からず、ただ黙って彼を見つめていた。
「仕事だ、次郎」
しばしの静寂の後、彼は静かに俺に告げ、懐から一枚の写真を取り出した。
そこには、ジャガーから降りてくる如何にもその筋っぽい男と、水商売風の美人が写っている。
「女はお前が一人でやれ。男は俺がやる」
彼の言葉に、胸の奥の暗い何かが、奮えながら上半身を痺れさせていく。
「次郎、お前の初めての仕事だ。忘れるな」
俺は次第に強くなる身体中の痺れを必死に隠し、無言で小さく頷いた。
(455文字)
『窯(かーま)』
《「釜」と同語源》
1 (窯)陶磁器・ガラスや炭などを作るときに、素材を高温度で焼いたり溶かしたりするための装置。ふつう耐火煉瓦(れんが)で造る。
2 (竈)かまど。
3 《自分の領分の意から》仲間。味方。
「かう云ふ女郎は、…こっちの―にすると、又よき事あり」〈洒・四十八手〉
(大辞林より引用)
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