ポッキーの日

【即興小説】君と僕の11文字。

「――ねえ」

午後9時を過ぎた頃、ゼミの片隅にあるソファーでiPadを片手にくつろいでいた彼女が声をかけてきたので、僕は飲みかけの缶ビールを自分のパソコンデスクの脇に置きながら振り向き、どうしたの?と声をかける。

「そういえばさ、今日って11月11日だったんだよね」
「ああ、そうだね」

11月11日。
ポッキーの日とか靴下の日とかそんな感じの、取り立てて凄くもない平凡な日。

「知ってる?今日、2014年11月11日の数字を全部足したら、11になるんだよ」
「え?」

唐突な彼女の質問に、僕は頭のなかで数字を全部足してみる。

「……ああ、ホントだ。すごいね」
「でしょ?すごいよね」

僕の答えに得意満面な表情の彼女。
そんな表情も可愛い、と思えてしまう自分に、思わず苦笑いする。

「なによお、その笑い。実は馬鹿にしてるんじゃない?」
「いやいやそんなことないよ。大事な友だちを馬鹿になんてしないって」


そう。
長谷川高美というこの同級生は、同じゼミに所属する僕の『友達』だ。
もう4年も同じクラスだというのに、それ以上にもそれ以下にもなれないまま、気づけばあと半年で――いや、下手すればもう1ヶ月位で会う機会すらなくなってしまう、そんな『友達』だ。


「ほんと?……まあ、良いけどさ」

彼女は納得したのかしてないのか曖昧な表情を返すと、再び手に持っていたiPadを触り始める。
僕はそんな様子の彼女に苦笑いしながら、再び缶ビール片手に自分のパソコンに向き直った。

「ねえ」

それから三十分もしない頃。
彼女がまた声をかけてきた。

「ん?どうしたの?」

ちょうど論文作成に興が乗り始めた頃だった僕は、ディスプレイから目を離すこと無く問い返す。

「実はね」
「うん」
「ヒマなの」

いや、暇なら帰ればいいんじゃ――などとは絶対に言わない僕は、とりあえず無難にそうなの?と答えておく。

「そうなの。ヒマなの」
「晩御飯は?」
「もう食べたし」
「論文は?」
「資料待ち」
「バイトは?」
「休み」

ことごとくあっさり切り返してくる彼女に、でもじゃあ何か提案できるはずもなく。
僕はそうなんだ、とやっぱり無難な答えを返して作業に戻――

「だからさ、ちょっと遊ぼ?」

――ろうと思ったのになあ。

「遊ぶ、って……何して?」
「とっても簡単なお遊びだから大丈夫」
「簡単ねぇ……ま、良いけど」

僕はそう返しながら、どうせ予想もつかないような遊びを提案してくるんだろうと身構える。

「で、どんな遊び?」
「うん。今日は11月11日じゃない?」

――まだ引っ張ってたんだ、その話題。

「うん、そうだったよね」
「それにちなんで、『11文字ゲーム』ってことで」

……は?

「……その、じゅういちもじげーむ、ってのは、なに?」

身構えていたにも関わらず思わず問い返してしまう僕に、彼女は呆れたような表情で僕を見て、わざとらしいくらい盛大にため息をつく。

「文字通りに決まってるじゃない。11文字の言葉を言い合って、相手が言葉を思いつかなくなったら勝ちよ」
「そんなゲーム有るんだ?!」

思わず立ち上がる僕に、馬鹿じゃないの?と冷ややかにツッコむ彼女。

「有るわけ無いじゃない。今思いついたの。タカミオリジナルよ」

なんだか昔の玩具会社みたいなことを自慢気に言う彼女。

「そ、そうなんだ」
「そうよ。じゃあ始めよっか」

そう言って彼女はどうしよっかな、と考え始める。
さり気なく口元に人差し指を当てる仕草が自然で、僕はなんとなく見つめている。

「『今日はポッキーの日だね』――はい、次」
「うわ、なんだよそれ――『靴下の日でもあるんだよ』」
「え?そうなの?――『寝る時は靴下を脱ごう』」
「……履いてるんだ。『全裸で寝るから大丈夫さ』」
「うわキモ。――『全裸とかあり得ないです』」
「『全裸健康法実践中なんだ』」
「『何よその怪しげな健康法』」
「『セクシーな男目指してる』」
「『目指してどうする気なの』」
「『もちろんモテモテの人生』」
「『全裸でモテるとか無いわ』」

とまあそんな感じのやり取りを続けること小一時間。
未だ余裕のある彼女に対し、そろそろ僕のほうがネタが尽きてきた。

「『あら、そろそろ限界かしら?』」

そう11文字で勝ち誇ったように告げる彼女に、僕はぐう、とうめき声を上げる。

「ふっふっふ、私の勝ちみたい――」
「いや待って待って。今思いつくから」

勝利宣言をしようとした彼女を慌てて止めて、僕は頭に浮かび上がる言葉を11個のマスの中に埋めていく――が、なかなかうまく当てはまらない。

「さあ、カウントダウンするよ。5、4、――」

うわ、まずい。
焦って慌てて言葉を並べていく――けど、やっぱり思いつかない。

「3、2、――」

歌うように、とても楽しそうにカウントダウンしていく彼女。
その彼女の嬉しそうな表情で、僕の頭の中の11個のマスがぽん、と埋まる。

「1,ぜ――」
「『君のことがずっと好きだ』」

思いついた言葉を口にして、僕は彼女を見る。
彼女はソファーに座って『ゼロ』の『ぜ』の口のまま、僕を驚いたように見つめている。

「『や、そういう冗談、やめてよ』」
「『もう、1年の時から、ずっと』」

畳み掛ける――というよりも、堰を切ったように続ける僕。
頬を真っ赤にしてうつむく彼女。

「『人をからかうの、だめだよ』」
「『僕は本気だよ。いつだって』」
「だって――」

僕はそこで立ち上がり、ソファーに座る彼女の前にしゃがみ込む。

「『ずっと言いたかったんだ』」

僕は恥ずかしそうに顔を伏せる彼女をじっと見つめる。
初めて見る彼女のそんな表情に、僕の胸の奥がかあっと熱くなる。

「『君が好きだ。ずっと好きだ』」
「――わかった」
「『一目惚れだったんだ。実は』――」
「わかった、わかったから!降参だって!」

畳み掛けた僕を、顔を伏せたまま両手を突き出しつつ遮る彼女。

「ゲームはそっちの勝ち!私の負け!それで良いでしょ?」
「……え?ああ、そうだったっけ」

ゲームの事なんてすっかり忘れていた。
そういやずっと11文字だったっけ。

「ほんとにもう。そんな飛び道具、卑怯ったらないよ」
「と、飛び道具って――」

思わず言い返そうとした僕の口を、彼女の人差し指が押さえる。

「良いから黙って」

呆れたような、しかし少し真面目な口調で彼女が命じ、だから僕は従順な執事のように黙って命令に従う。

「私は負けたんだから、罰ゲームが必要よね」

そう言った彼女は僕の唇を押さえていた人差し指を放すと、そのまま両手で包み込むように僕の頬を挟みこむ。

「ば、罰ゲームとか別に――」

そう言いかけた僕の言葉は、しかしあっさりと遮られてしまった。
抱きしめるようにキスをしてきた、彼女の唇によって。


長い、――長いキスの後。
彼女は両手で僕の頬を挟んだまま、まっすぐに僕を見つめて。
そして、こう言ったんだ。


「――『私も好きだったの、ずっと』」

(了)



はい、というわけでね。
今日は11月11日ということで、ポッキーネタとか11月11日ネタとかタイムラインを流れていて、そんなタイムラインを見ながら思いついたネタを即興で形にしてみました。

ちなみに『足して11』は小山耕太郎さん、『11文字ゲーム』はがきえさんのnoteから発想を得ています。

お二人ともありがとうございました(●´ω`●)

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