あるいきざま

あるnoterの生き様。

最新作『コメント。~あるnoterの生き様Ⅳ』公開中です。
https://note.mu/muturonarasaki/n/n39dc368f4f37


――このnoteを見ている、あなた。
あなたが売るものは、なんですか?


あなたは、何を売りたいですか?





4月12日

ふと思い立って、noteというSNSに登録した。
有料でいろいろなものを配信できるという。
さて、何を売ろうか。

4月15日

いざなんでも売れる、と言われても、今の私に売れるものなど無いことに気づく。
文章が書けるわけでもなく、絵が上手いわけでもなく、カメラの技術なんて欠片も持ち合わせていないのだから、そりゃ売れるものもないだろう。

でも、何か売って金に変えないと、住むところすら怪しくなってきてる。
食べ物だって来週には尽きるだろう。

なにか考えないと。

4月17日

いいことを思いついた。
『夢』を売れば良いんだ。

4月18日

私の左腕の元気を売ります!

 私の左腕(20代男性、健康そのもの)の”元気”を売ります!
 値段は500円とリーズナブル!
 一名様限定で、買ってくださった方は左腕が元気になります!

 買ってください!

4月19日

朝、メールの通知音に起こされた。
いつものように枕の左脇に置いていたスマホを右手で取り、そのままメールを確認する。
『購入されました』というnoteからのメールだった。
慌てて起き上がり、そのままその相手のnoteをチェックする。

どうやら『左腕が先天的に動かないという子供を持つ父親』らしい人が、何故か購入ボタンを押したらしい。
そんなマジな人が、どうして私のあの明らかにジョークとわかるテキストを購入したのかさっぱりわからず、私はスマホを枕元に放り投げ――

――ようとして、そこでようやく気がついた。

左腕にチカラが入らなくなっていた。
動かそうとしてもピクリとも動かない。
触っても感覚がぜんぜん、まったくなくなっていた。

そう。
まるで、『元気を失った』かのように。

4月20日

病院にも行ってみた。
とりあえず何が原因かさっぱりわからなかったので、総合病院に行ってみた。
病院でいろいろタライ回しにされた挙句に、医者は

「健康そのものですな。精神的なものが原因じゃないでしょうかね」

という、要するに『原因は分かりません』と言っているようなセリフを平気で吐き出して来やがった。
せっかくナケナシの生活費を浪費してまで行ったのに、左腕は相変わらず動かないままの私がトボトボと歩きスマホをしていると、例の父親が『左腕note』にコメントを書いたとnoteからお知らせが届く。
何気なくそのコメント文を読んで、私は思わず変な声を上げそうになった。

『ありがとうございます!子供の左腕が『元気』になりました!動くようになったんです!』

「……は?」
三回読み返して、noteに行ってコメント欄も見たが、書かれている文章はまったく同じだった。
わけも分からずその父親のnoteに行ってみた私が目にしたのは、嬉しそうな父親が子供を抱いている写真。
――元気に左手を上げて笑っている、子供の写真だった。

4月22日

――本当に、売れたんだ。
私は動かない左手と、思わず保存した子供の写真と、そしてnoteの『ダッシュボード』の『売上管理』に表示された500円という数字を交互に見ながら、改めてその事実を確認し、そして――
――また別の手を思いついた。

4月22日

わたしの左目の『元気』を売ります!

 前回に続いて、今度は私の左目の『元気』を売ります!
 目は大切なので、10万円で。
 買った人にちゃんと元気が届くのは、左腕で実証済みです。

 今回も、一名様限定!

4月23日

……売れた。
今度もガチで左目が見えないってnoteに書いてた母親だった。
「ありがとうございます!息子の左目が……左目が!」

そんな母親の喜びのコメントを、
私の左目は見ることができなくなっていた。

そう。
左目も動かなくなったのだ。

5月1日

動かない左手と見えない左目をかばうようにして、私はATMで残高を確認した。
間違いない。
10万とんで500円から手数料が引かれた分がきちんと入金されていた。

とりあえず、これで今月はなんとかなる。
問題は来月か。

今度は何を売ろうかな?

6月30日

とりあえず在ってもなくても大丈夫そうな、左の肺と肝臓の元気を売り飛ばした。
併せて100万円。
べつに手術するとか殺されるワケじゃない。
機能しなくなるだけで誰かに感謝されて、しかも100万円もらえるなら、安いものじゃないか。

とりあえず、これでしばらくは生活に困らない。
どうせひきこもりのニートなんだ。
もう、それだけで十分だ。

8月15日

とうとう100万円が底をつき始めたころ、私は改めて左腕と左目と左の肺と肝臓を購入した人たちのnoteを読みに行った。
どの人も元気になった子どもや両親のことを喜んでいて。
そして、僕にすごく感謝をしていた。

こんな僕に。
就職も出来ず、バイトもクビになって、ひたすらnoteばかり見てる、こんな僕に。

10月2日

あれから僕は、まだ元気な身体の『元気』を切り売りしていった。
『クリエイターへのお問い合せ』からメールを貰った人たちのリクエストに応じて、足の指から両耳から、嗅覚や味覚といった感覚まで切り売りしていった。

それも、最初のような高額な値段は付けずに。

翔ぶように売れた。
僕のnoteには、たくさんの感謝のコメントが寄せられるようになった。

それはもちろん、僕の身体の色んな所が動かなくなっていったということなのだけれど、僕はいっこうに構わなかった。

五体満足で生きている僕と、こうやって身体が動かなくなった僕。
どっちが世界のためになってるか、なんて、このコメントを見れば一目瞭然じゃないか。

今の僕は、誰かの役に立てている。
そのためになら、僕の身体なんて無くったっていい。

右手と右目と、考える脳だけあればいい。

11月30日

とうとう、僕の中で『元気』なのは、右手と右目と脳だけになった。
そして、この3つとも、すでに購入希望者が揃っていて、
僕はもう、テキストを書き上げている。
あとはこの目の前に表示されているテキスト3つを、100円で公開するだけ。
それでもう、僕の身体のすべてが動かなくなるわけだ。

でも、それでも、
僕は満足している。

だって、僕の身体の中に無駄に溜まっていた『元気』が、その元気を欲しいと願っていた誰かの役に立ったのだから。

だから、後悔していない。
公開はするけどね――なんてね。

それじゃ、バイバイ。


(©なかむら歌乃”laugh”)




(12月2日の新聞より)
 1日の午後1時頃、○○区○○町にあるアパートの一室から男性の死体のようなものが発見された事件について、本日搬送された中央病院の田中医師の会見が行われた。
 会見によると、その男性は『神経を除く』全ての身体機能がストップしているという奇異な状態で発見されたらしく、現在の医療技術では的確な治療法は存在しないとの――

(了)

(5月28日初公開)
(5月29日修正:表紙絵と挿絵、冒頭を追加)




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