「しあわせだなぁ、こんな瞬間（トキ）が自分にくるなんて」
おじいちゃんは、そう言って
少し頬を赤らめながら
またクイッとお酒を口にした。

ここは、おじいちゃんの
行きつけのお寿司屋さん。
今日は、わたしとデートだ。

わたしのおじいちゃんは、明治生まれで頑固な人だったらしい。
以前、自宅におじいちゃんが
電話を掛けてきたときのエピソードに
兄「どちらさまですか？」
祖父「お前はだれだ？」という衝撃的な事件があった。
このときから兄は祖父が大嫌いだ。

戦争のときは自分で志願して
部下が馬で迎えに来ていたと聞いている。
孫は何人かいるが懐いているのは
わたしだけ。
なぜ、ほかの孫が寄り付かないか
と言うと祖母と離婚したからだ。
母の兄妹には他に兄と妹が二人。
みんな父親を嫌っている。
祖母はまだ学生だった一番末の娘を
独りで育てた。
婚姻中も苦労していたらしい。

ただ、うちの母親だけは
「ひどい父親だと思っていたけれど。
　子どもはね、木の俣からは
　生まれないから。
　どんな親でも二人いなきゃ、
　自分は存在しないから。」

そう言っておじいちゃんが
歳を重ねてからは、入院したり、
ケガをしたり元気だったとしても
定期的に面倒をみに行く。
わたしは、母と行動を共にすることが
多かったので祖父の元に行くことに
抵抗がない。
大学に入ってからは、独りでふらっと
訪ねては、少しのおこづかいを
もらいに行っている。今日は、外食して一緒に飲んでいる。

おじいちゃんは、美味しい料理を
少しづつ食べるのが好きだ。
京都の懐石のようなものを好む。そしてお酒を飲むのが大好き。
今日は刺し身をあてに飲んでいる。

わたしは、両親ともにお酒好きだから
当然のように飲む。

最近では、夏にビアガーデンに行って
中ジョッキで１０杯飲んで
家族の中で一等賞。
若さというものは恐ろしい。
お正月には家族で一升瓶をいくつも
転がすのがうちのふつうだ。

おじいちゃんは、今日はとても饒舌だ。
なんといっても孫と
差しで飲んでいるのだから。
行きつけだから大将や女将さんとも
仲が良い。
その二人に自慢しまくっている。

ただ、前にあったときには
こんな事を言っていた。
「なあ、わたしはなんでまだ、
　生きているんだろうね。」
「えっ？」
わたしは、まったくこの質問に
応えることができなかった。
どうしてこの人はわたしに
そんなことを聞くのだろう？
と不思議だった。
今なら応えられる自身がある。
「それはね、あなたがまだこの世で
　役割があるからだよ。」と。
生きる価値について誰かに聞かれたのは
このときが初めてではなかった。
この祖父の元パートナーである祖母にも同じ質問をされた。
他には義理の母親にも。
なぜ、わたしがこの人たちに
聞かれたのか、本当のところは
わからないけれどもしかすると
ずっとわたしが自分の生きている価値を
求めていたからかもしれない。
きっと周りから見て
この娘は分かってないから
危なっかしいと思われたのではと。
だからあえて自分は分からないと
わたしに問いかけたのだろう。

わたしが長女を授かったとき、初めて
「わたしは、この子の母親になるために生まれたんだ」
と自分の役割を認識した。
やっと探し求めていた
答えが見つかったんだと。
ただ、それは一時のことだった。
二人目の子どもも授かってそのときもお母さんになることこそが
わたしの役割だと安堵した。
でもそうじゃなかった。
必要とされるのは、小さなときだけで
子どもは成長と共に
親を遠ざけようとする。
自分もそうだったと思い出す。
では、わたしの人生の役割とは？
どうなっていくのが正解なのか？

− おじいちゃんが亡くなって十数年 −

わたしは、最近やりたいことを
見つけた。
そういえば、ずっとわたしの側には
いつも本があった。
本を読んでいるときが幸せな時間。
そうか、言葉を紡ぐ仕事がしたいんだ。
そう、本を書いて誰かを幸せにしたい。
わたしが幸せだったように。

さあ、今日も一杯飲みながら次の作品の構想を練ろう。

わたしは大きくなった娘と
美味しいお酒を飲みながら
回らなくなった回転寿司屋で
「はぁ……わたしは幸せだな。」
とあのときのおじいちゃんの気持ちを
理解した。