納車したばかりのアウディに鳩の落とし物がついていた

俺の直観はよく当たる。なんとなく嫌な予感がしていたが、複合施設の屋上にとめた車に戻ると、ビカビカに輝いている赤いボディにそれがあった。水っぽくも粘ばっこい白い液体は、ゆるやかに傾斜したボディラインの上を優しくなでるように流れていた。

擦って傷つく革のカバン、初めて落とすスマホ、モノには必ず通らなければならない道がある。そういう思いは十分に知っていた。だが、早すぎる時のおとずれに俺は怒りをおぼえた。犯人はあのフェンスの上にとまっているやつらの一匹に違いない。

止まった時は動き始める。困惑した顔でこちらをみつめる栗色の髪の女に、先に入ってていいよと笑顔で伝えると俺は雑巾を取り出してそれをぬぐった。赤のボディラインに薄く伸びる筋は、俺を笑うような白い曲線をかいて消えていった。

「ねえ、ちょっと聞いてるの?」

「うん、大丈夫だよ」

「どうしたの急に。なんかヘンだよ」

「ちょっと考え事してた。でももう終わったから大丈夫、ごめんね」

「新しい車はやっぱりいいねー。みんなこっちをみてるよ」

女がクルマを褒めるほど、俺の傷口は広がっていった。その後のデートはすべてが気に食わなかった。

ドリンクホルダーにおさまるハトムギ茶のペットボトル、千鳥格子柄のワンピース、会話に詰まって携帯でアングリーバードを立ち上げる女。

夜景のきれいな高層ビルのレストランのメインディッシュで、コース料金にプラス3000円のジビエの鳩を注文して一矢報いたつもりになった。

話も盛り上がらずに22時ごろになり、送っていくよと声掛けると女は千歳烏山までお願いという。運転する私をイラつかせていたのは、きっと渋滞する甲州街道だけではないだろう。実家暮らしの女を家の前で送り出したとき、目に入った「鳩山」の表札で私は思わず爆発しそうになった。

むしゃくしゃして家に帰って普段は飲まないワイルドターキーをひたすらあおり、いつのまにか眠りに落ちた。

翌朝、さすがに笹塚ではニワトリは鳴かないが、自然に目が覚めた。ふと嫌な予感がして、月極め4万円で借りている平置きの駐車場にいく。休日の朝はいつもよりまぶしく感じる。よたよたと歩く老人、アパートの二階のベランダで洗濯物を干す若い女。

おうど色の小さい犬と散歩するオバちゃんと目が合って、なんとなく目礼をする。月極めの駐車場に敷き詰められた灰色の砂利の真ん中で、朝日をうけてひときわ赤く輝かせている新車に近づく。ボディには少しの汚れもなく、子どもの肌のように水を弾くように輝いている

安堵の息をつきながら空を見上げる。青く澄んだ空気が広がるばかりで、電柱や電線にも鳩はいない。フェンスの上にとまったカラスを睨みつける。賢いカラスは殺気を感じて飛び去った。乾いた手で愛車のボディをいとおしくなでてから、部屋に帰ろうと駐車場をでる。青い空を飛んでいる鳥をみながら、まあ今回は許してやるよと声をかけたとき、ぐにゃりとした感触が足元を襲う。買ったばかりの白いスニーカーにねっとりと茶色いかたまりがついている。オバちゃんにつながれたおうど色の毛の犬が、こちらをみながらクスクスと笑っていた。

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渡辺みっちぇる

パンドラの箱をあけたら子供のおもちゃが入っていました。編集・執筆しながら政界の末端部分で生きています。綺麗な表現/男の生き様と葛藤/政局・選挙/昭和1ケタのどんづまった雰囲気/

コメント2件

言葉遊びのようにつながるリズムが、とても面白かったです。それにしても、なんて不運。
コメント&呼んでいただきありがとうございます。本当はkaedeさんのようにキレイな描写を書きたいのですが、全くさえをみせず結局擬態語に逃げてしまいます。
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