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「金木犀」

ゆ作   〈原案〉「冥途」内田百けん作
1 M駅/夕方
    電車が出発する様子を映す。ぞろぞろとホームから出てくる人の足元を映す。

2M川沿いの道/夕方から夜にかけての時間
 流れる川の映像から、一人で歩いている私の後姿を写す。他人よりもゆっくりと歩いている。
 私(心の声)「最近、何度も同じ夢を見る……」
 正面からのアングルに切り替わる、俯いている為表情は分からない。

 暗転

3 部屋/昼頃(夢)
  私は、部屋に入った時に何かの匂いに気が付く。
私(心の声)「あぁ、もうそんな季節か」
私「ただいま」
姉「おかえり」
  振り返り、私の方を見る
  鞄を置くときに、机の上にあるケースが目に入る、姉が近づきケースを手に取り見せる
姉「今年も売ってたから買っちゃった」
私「本当に好きだよね、毎年買ってるし」
姉「好き。」
    微笑みながら手元の練香水のケースを見つめる
姉「けどこういう風に生きたいって気持ちも込めてるの」
  私は姉の方を見て首をかしげる
姉「花言葉知らない?―――」
  姉の言葉を最後まで聞けないままで終わる

  タイトル「金木犀」
  金木犀が風に揺れている映像。

4 M川沿いの道/夜 
  私(心の声)「あの時姉さんはなんて言ってたんだっけ……」
  ぼんやりと歩き続け、店の前に掲げられている提灯の光で、顔
  を上げ、光に吸い込まれるように店の近くへ行く。
私「お腹……すいたな」
  店の扉に手をかける

5室内(和室)
    騒がしい店内。奥の座敷に通される。
店員「(水を置きながら)失礼いたします。」
   会釈をして、置いてあるお品書きを手に取り、一通り眺めるが、
   元の場所へ戻す。
   水を一口飲み、ため息をつく。

   ぼんやりとしていると、襖の奥から隣の若者グループの声が聞こえて
   くる。笑い声が混じって楽しげだったが、突然一人の女が悲しげに話
   し始める。
女(声)「結局、いつかは忘れられてしまうものなのよ!今年なんて蝋
燭にすら火が付かなかったんだから、私には線香をあげなくていいと思
っているのかしら?」
   自分の所もだという声が挙がる。そこから自分の所の話をし始めるグ
   ループ。
私(心の声)「そういえば、今年姉さんに線香あげたっけ?」
   再度お品書きを手に取り、店員を呼ぶ。盛り上がっていた隣だが、
   女が諭すように優しい声で話を続ける。
女(声)「忘れられるのが嫌だということではないの、寂しい気持ちに
させてしまっているのは事実だから。でも、あの言葉だけは覚えていて
ほしいの。」
   その声がどこか懐かしく、少しの隙間から女の姿を確認しよう
   とするが丁度みることができない位置にいる。
女(声)「何とかして伝えたいのだけど……うまくいかないものね」
  夢の中の姉が言いかけていた部分の映像を入れる。(回想)
  机の上に涙が落ちる。
私「なんで……私……」
    頬を触り、手についた涙を見て驚いた。何故自分が悲しい気持
    ちになっているのかが分からず戸惑った。
    涙が止まるのを待っていると、襖があいた。
店員「失礼いたします、お食事お持ちいたしました」
    軽く会釈しながら
私「ありがとうございます」
    その間隣のグループは落ち着いたようで、しばらくは女の声は
    笑い声しか聞こえなかった。
私「この声……」
    ぼんやりと姉の笑っている顔が脳裏に浮かんだ。
    私は襖の隙間を何度か確認するが姿は見えない。
    私は手を合わせ、すこし襖に近寄り耳を寄せる。
その他「あら、そのハンカチ素敵ね」
    嬉しそうな優しい声で
女「ありがとう。大切な人からの贈り物なの。」
    暗転

6部屋/夕方ごろ(回想)
   私は部屋で刺繍をしている。糸を切り、ハンカチを広げる。
私「……できた」
   お世辞にも綺麗だとは言えない仕上がりの刺繍を見つめる。
私(心の声)「少し不格好だけれど、喜んでくれるかしら」
   ドアが開く音がして、慌てて背中にハンカチを隠す。
   すぐに鼻先や頬を少し赤くした姉が部屋に入ってくる。
姉「ただいま。もうすっかり肌寒くなってきたわね。そろそろ上着を羽
織ってもいい頃かしら」
私「おかえりなさい、お茶入れるね」
   私はハンカチを隠しながら、お茶の準備をする。姉はお礼を言
   いながら、向かいに座り、一口お茶を飲むとほっとしたような
   顔をして、世間話を始める。
   私は話半分に聞きながら、ハンカチを取り出し見つめ、姉の様
   子を伺う。
   話がひと段落したところで、残りのお茶を一気に飲み干し、ハ
   ンカチを差し出す。
私「これ……あまり上手にできなかったんだけど……」
   姉は驚いた顔でハンカチと私の顔を交互に見る。
姉「今日何かあったかしら?」
   驚きつつ、私の手からハンカチを受け取る。
   受け取ってくれたことへの安堵の表情を浮かべながら首を横に振り。
私「ううん、通りに行った時に素敵な刺繍糸を見つけたの。きっと姉さ
んに似合うと思って……」
   私は喜んでくれるかという不安から段々声が小さくなっていき、
   顔も不安げになり姉の顔を見ることができない。
姉「とても素敵!ありがとう、嬉しい!」
   姉は笑顔で私を見て、本当に素敵など呟きながら嬉しそうにハンカチを見る。私は姉の様子をみて微笑む。
姉「使うのがもったいないわ!そうだ!これに香水をつけるのはどうかしら!」
私「それはやめた方が……べたつくんじゃない?」
    姉の提案を聞き困惑した表情の私に笑いかけながら話す姉。
姉「そのままつけるわけじゃないわ、こうやって……」
    姉は練香水と紙を取り出し、紙の上に練香水を塗る。私は不思議そうにその作業を見る。姉はその紙を、ハンカチを四つ折りした間に挟み、私の方を見てハンカチを見せる。
姉「これでしばらく置いておけば香りが移るの」
私「へぇ……」
    暗転
7食堂/室内(和室)
   私は襖に体を預け、ぼーっとしている。
その他2「それ好きなの?」
   私は声が聞こえてきて、ハッとする。
その他2はハンカチにある刺繍を指さしている。
女「えぇ。お花はもちろん、花言葉も好きなの」
   女は刺繍を指でなぞりながら微笑む。
その他2「あまりいいものじゃないんじゃなかった?」
   その他2はからかうようにそう伝える。
   女は不思議そうな顔をした後に、笑いながら続ける。
女「そうね、でも私が好きなのは――」
   聞こえていたはずの声は後半部分から聞こえなくなっていく。
   私の目からはまた涙が流れ出す、しばらくして隣から声が聞こえてくる。
その他1「そろそろお開きにしましょうか」
   賛同の声が多く上がり、帰る準備をしている音が聞こえてくる。私は涙をぬぐい、慌てて帰る準備をすすめる。靴を履こうとしていると、ハンカチが落ちていることに気が付き、拾い上げる。それを見て驚いた表情になり、顔を上げると、隣のグループは会計をしている途中。慌てて靴を履こうとするが、うまく履くことができない。姉がハンカチを持って微笑んでいる映像を入れる。(回想)
私「姉さん……!」
   泣きながら、出口の方へと叫ぶ。だが、グループは立ち止まることなく談笑しながら出口へと進む。
私「待って……」
   私は小さな声で女の背中に声をかけ、やっと靴が履け、お会計へ急ぐ。
店員「あ、おつり!」
   店員の声を無視し、出口に向かい走り出す。
私(心の声)「絶対に姉さんだ」
   私はハンカチを握りしめ、外に出る。左右を見るが誰もいない。左に向かって走り出す。

7 M川沿いの道/夜
    金木犀の木の横を通る。姉の姿が頭に浮かぶ。
    不満げな声がどこからか聞こえてくる。私はその声の方向へ走る。
その他3「私は凄いのよ!なのにあの人ったら私の前に来てもお花はくれないし、文句ばっかり!言われなくても分かってるわよ」
私(心の声)「このあたり……」
    立ち止まり辺りを見渡す。すると女のたしなめる声が聞こえてくる。その方向を見るが、姿ははっきりしない。近くに行こうと歩き出す。
女「凄いのは分かっているわ、けどもう少し謙虚にならなきゃ彼が来た時また言い合いになるわよ」
    夢で見た姉の姿が浮かぶ。(姉「花言葉は――」の部分。)
    私は立ち止まりハンカチを見て、小さな声で呟く。
私「謙虚……」
私(心の声)「そうだ、あの時姉さんは……」
    私は顔を上げ、女がいる方向を見る。視界がぼやけてはっきりと見ることができない。
女「ほら、そろそろ行きましょう」
    女はその他3と川に向かい歩き始める。私は女の方に近づこうとするが、夢の中にいるようにうまく歩けず距離が縮まることはない。
私「姉さん」
    涙を拭うと、女たちの姿は消えていた。
     私はその場でしゃがみ込み、声を押し殺して泣く。しばらくしてから立ち上がり、女たちがいたところまで行く。
私「この香り……」
    金木犀の映像を入れる。
     私は手元のハンカチを見て、呆れたように笑いながら。
私「やっぱり不格好ね」
    ハンカチを川に流す。
私(心の声)「これは姉さんが持ってて」
    流れていくハンカチの映像。
     暗転

8 部屋/朝 
    私は背伸びをする。写真立ての前に行くと、線香に火をつけ手を合わせる。
私(心の声)「あの日以来、あの夢を見ることは無くなった。少し寂しい気もするけれど」
    私が練香水を探し、買って帰る映像を入れる。
    横に置いてあるケースを手に取り、ふたを開け、手首に塗る。
私「そうだ」
    無地のハンカチと紙を取りに行く。紙に香水を塗り、ハンカチに挟むとそれを写真立ての前に置く。
私「また刺繍するから少し待ってね、今度は上手にするから」
    かばんを手に取り、ドアの方へ向かう。ドアに手をかけると振り返る。
私「行ってきます」

9通り(記念館付近)/昼
    私が歩いていると刺繍にピッタリな糸を見つける。
    刺繍糸を買い、店員に会釈し満足そうにその場を去る。

10 部屋/夕方ごろ
    写真立ての前にあるハンカチを取る。作業している様子を写真立てから見た感じで写す。糸を切り、きれいな刺繍が出来上がったハンカチを広げ、満足そうに頷く。それを写真立ての横に置く。刺繍に徐々に寄っていく。

エンディング





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