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陰のヒーロー

フラミテ作

夜更かしをしている人々は真夜中と呼び、早々に就寝した人々は早朝と呼ぶ、あいまいな時刻に差しかかった頃、カーテンのわずかな隙間から激光が差し込んできた。ベッドの上で寝ていたヴァクトは一瞬で目を覚ます。おそらく過去一の寝起きの良さだ。何事かと思いカーテンを開けるとそこには、おそらく地球にいる生き物ではなさそうな生き物がこちらを見つめて突っ立っていた。聞いてもいないのに名前はエンジェルだと教えてくれた。だが、お世辞にもエンジェルとは呼べない容姿だ。きりっとした目つきに筋肉質で、体は大きくてさびた鉄みたいな色をしている。とても強そうだ。
ヴァクトは怖くなり寝たふりをしていると、エンジェルは淡々と話し始めた。
「おめでとうございます。あなたは重要な任務を任されました。このことを知っている人間はあなただけです。決してばれてはいけません。制限時間は夜が更け、多くの人々が活動を開始し始めるまでの三時間です。この任務に拒否権は存在しません。」
そして拒む間もなくモニターが搭載されている腕時計を渡された。音声も聞くことができる。どうやらここからの指示に従い任務を行うらしい。ヴァクトは窓から外に連れ出されて、大半の人々はUFO と呼ぶ乗り物に乗り込んだ。意外と中は広々としていて、なにやら訳が分からない高そうな機会がずらりと並んでいる。ここでようやく任務の詳細が明かされた。悪の秘密結社エルドは地球を滅亡させるために世界中に時限爆弾を仕掛けた。その数はおよそ数億に及ぶ。その数億の爆弾を止めることができるスイッチが唯一、フランスのルーヴル美術館の地下に設置されてあるそうだ。フランスにはたくさん美術館が存在するため、名前を隠していた方がより難易度が上がるのにもかかわらず、どこの美術館か教えてくれるなんて大変親切だ。ヴァクトはなんだか気分が乗ってきた。絶対に成功してやる。
気合は十分だが、どうやって美術館の中に侵入すればよいのだろうか。肝心な時に限って腕時計は何も喋ってくれない。この時点でタイムリミットまで残り二時間を切っていた。来るのに時間がかかり過ぎた。とはいっても普通に来るよりかは何倍も速い。おそるべしUFOの力。敷地は小さな村が一つ作れるぐらい広大で、また遮るものがなにもないため、隠れるような場所すらもない。窓が無数に設置されているため、入り口も容易に見つけることができない。これでは館内にたどり着くまでに巡回している警備員につかまってしまう。どうしたものか。タイムリミットが刻々と迫っている。
目を凝らして建物を見ていると館内に繋がっていそうな空調用の菅を見つけた。よし、あの管から館内に侵入しよう。管の中は埃だらけでクモの巣が行く手を阻み、思うように進めない。焦りから汚れることなんてどうでもよくなり、無我夢中、匍匐前進で進んでいく。前方に常夜灯と思われる光がぼんやりと見えた。空気口を開ける。するとそこは時限爆弾のスイッチが設置されてある地下だった。奇跡的にたどり着くことができた。ヴァクトは一生分の運を使い果たした気分になった。そういえば、いつからかエンジェルがいなくなっていた。自分だけ安全な場所にこっそり逃げるとは卑怯な奴だ。そう思いつつもなんだか映画の主人公になれているような気がして、とてもうれしかった。
残り三十分。ここまで来たらあとは簡単だろうとおもっていた矢先、懐中電灯から延びる光と目が合った。巡回していた警備員が声をあげながら追いかけてくる。もうほとんど体力は残っていなかったが、気力だけで必死に走る。ここで捕まるわけにはいかない。地下は複雑に入り組んでいるため、警備員から何とか免れることはできたが、肝心のスイッチはまだ見つかっていない。腕時計には残りあと五分と表示されている。全人類の運命を背負っていると思うと身体中の血が湧いてきた。得体の知れない、数時間前初めて聞いた悪の秘密結社エルドとやらの組織の思いのままにだけはなりたくなかった。巡回している警備員に気を配りながら再びスイッチを探す。奥まった所に遂に見つけた。急がないともう時間は残っていない。しかし、追い打ちをかけるように箱には鍵がかかっており、鍵を開けないとスイッチが押せない。鍵は数字を四つ組み合わせることによって開くようになっている。試しに今日の日付を入れてみる。開いたではないか。エルドはよほど見つけられない自信があったのだろう。だがしかし、私の勝利だ。スイッチを押したのは世界中が炎で包まれる五秒前だった。
目を開けるとそこには見慣れた風景が広がっていて、ヴァクトは自身のベッドの上にいた。腕に目を移すと、つけていたはずの腕時計が無くなっている。気になって外に出てみると、道行く人々はいつもと何ら変わりない様子で生活をしている。どうやら地球を救えたみたいだ。数時間前の出来事が何事もなかったかのように感じられる。悪の秘密結社は本当に存在するのだろうか。ヴァクトは気になることがたくさんあった。だが、なんだか深く触れてはいけないような気がして心にそっとしまい、平凡な日常へと戻っていった。

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