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かがみんはこのまま完全にゆるキャラとなってしまうのか? お前には今なお鳴り止まない""ケンカ予報""が聞こえないのか?

信じてほしい。俺はゆるキャラにガチ恋をしていたわけではない。違う、かがみんだけどかがみんじゃないんだ。
ゆるキャラじゃなかったころのかがみんの話なんだ。


さて先月各種音楽サブスクにて【らき☆すた】の音楽が1/31より配信されるとのことが発表された。
今は遥かオタクの義務教育と呼ばれた【らき☆すた】も令和となっては既に過去の作品となって久しい。
そんな中で20周年という区切りを迎える本作品に最近また動きが見え始めた。リアルイベントだったり一挙放送だったりアラサーこなたたちの日常がどうのこうののコミカライズだとか。

私はらき☆すたに対して一通りの履修はしているが熱狂的かと言われたら懐疑的だ。実際アニメ全話と原作流し読み程度だった。
それが数年前に発掘したPSPなる時代の産物で出たギャルゲーをやって熱を帯びたといった感じだ。詳細は以下に全て叩き込んである。

前述した音楽のサブスク配信開始も動きのうちの一つだ。私にとってこれが非常に大きなものだ。
今となっては絶滅危惧種に等しい「キャラソン」なる概念を久しぶりに吸えるという事実こそ喜ばしく感じる。平成の産物と呼ぶに相応しい力を浴びられるというわけだ。
そんなわけで私は備えたい。昔いくらか聴いてはいた、だがCD文化は消え去りかつて使用していたウォークマンもぶっ壊れて久しく聴いていなかった。それに全部の曲を聴いていたわけではない。
新しい気付きと出会いこそ楽しみではあるがその前に私の持つ啓蒙をここに授けたい。授けなければならない。とりあえずこれは絶対に外せない、狂いの軌跡をここに記す。

はずだった
が、いざ書き出してみたら本当に驚くほど思い浮かばない。記憶とかはかくも儚い、そして思いの外種類を聴いていなかったのかも知れない。そんな中で幾星霜を超えて輝くものがあった。
そう、かがみんのキャラソンだ。そして彼女の曲を聴いていたらふつふつとある疑念が浮かんで脳を支配した。

このまま本当にかがみんは一人のゆるキャラとして存在自体が生まれ変わってしまうのだろうか、と。
かような絶滅寸前のツンデレ生物、その煌きが「ゆるキャラじゃない方」というマイノリティになってしまうのか。それが怖くて震えてしまった。
そしてかがみん、ひいてはあの時代に切っても切れないもの。それは「俺の嫁精神」だ。幸い私はガチ恋技術を全て受け継いだ正統後継者である。
これら全てが過去の産物となる日も遠くはないはずだ。いや、既にそうなっているのかも知れない。

なのでまずはかがみんのキャラソンがいかにガチ恋的に素晴らしく力を有しているのかの話をする。そのうえでこの時代に蘇ろうとしているらき☆すたの話をしたい。


予報が出る程度のケンカ

そんじゃーここで問題だ
なかなおりは健全に
なかなおりして昼ごはん
早めに食ってニコニコ
そうだ私 気がきくね
腹が減って腹立てる
悪循環はいけないよ
さあ、メニューを決めといて?
決めといて! 決めといて‼

ケンカ予報の時間だよ/柊かがみ(加藤英美里)

ガチ恋バトルという領域においてかがみんは圧倒的だ。実際キャラソン2つあってその両方がガチ恋エナジー強めというのは俺嫁需要を担っているような気がしてならない。
今となってはゆるキャラとして土着してしまったかがみんだがそれはそれは本編(ギャルゲー)においてはツンデレの覇と言うに相応しい火力を有した生物であった。

そう、かがみんといえばやはりツンデレなのだ。今となってはこの言葉も死語かもしれない。
その2面性をキャラソンにおいても体現しているのだ。そして【ケンカ予報の時間だよ】はどちらかと言えばツン側が色濃く出たキャラソンである。
かつてどれほどのオタクがケンカ予報を聴いて実際にかがみんとのケンカと仲直りに備えたかなど想像もつかない。

まず当たり前の話であるがそりゃあかがみんと一緒にいてケンカしないは流石に嘘。もったいないから。それに別にかがみんも【悪気はないって】と言っているから。これは仕方のないこと。
ついケンカしちゃうって部分のかがみんらしさもあるし、やっぱり寂しがりだから向こうから早く仲直りしたいよ感をバリバリに出してくるらしさも非常に濃いやっぱかがみんよパワーを高めることができる。お昼一緒に食べたいしね。

それに歌詞中至るところにかがみんは許す準備をしている。

わかってよ 怒ってるよ
(悪かったねって言ってない?)

ケンカ予報の時間だよ/柊かがみ(加藤英美里)

本当に 本当に 本当に 本当に
ケーソツケーソツ 結局南極
ひところ欲しいな ごめんなさいっ

ケンカ予報の時間だよ/柊かがみ(加藤英美里)

プライドがあるし拳を振り上げてしまった以上ただでは引けない、でも一言もらえたらいつでもこっちもごめんねするし早く仲直りしたいんだよと。かがみんはずっとそう思っている。ここにこそ宇宙の神秘というものは存在する。
激しさといじらしさ、2つの奔流を宿しているのだ。この侘び寂び、激と撃を古代人は萌えと称していた。

なんだかんだで結局それでかがみんが折れてこっちに寄り添ってくれるのもあまりにもかがみん可愛すぎるポイントとなる。

メニューを決めといて?
決めといて! 決めといて!!

ケンカ予報の時間だよ/柊かがみ(加藤英美里)

そこで冒頭にも記載した部分、ラストの歌詞へと繋がるわけだ。もうとにかく一緒にお昼食べるぞと、お腹がすくと腹が立つからな。
だからもう上のような恐ろしい剣幕でいいから黙ってメニューを決めろと意を決して言ってきているわけだ。この現実が見えただろ?
これだ、結局はここに帰結する。ありがとうかがみん。
なんやかので自分が折れてでも仲直りをしたいというにはこちらへの好きがでかい証明に他ならない。
「ケンカ予報」という言葉もなんとなくこの流れケンカになりそうだなと分かっての言葉だ。互いへの理解度、それでいても一緒に居続ける相性と仲の良さをかがみんとの間に感じざるを得ない。

所詮は予報が出る程度、予測できるくらいの小さなケンカの積み重ねに過ぎない。その度に仲直りをしていこう。

分かったよ、ラノベも読むよ

【ケンカ予報の時間だよ】はかがみんのツンを強く出した曲である。なのでもう一つのキャラソンである【100%?ナイナイナイ】というデレを見せた曲の話をするのは当然だな。
歌詞を見ればもう一目で全てを理解することができる。なんだかんだで呆れながらも毎日一緒にいてくれるかがみんの姿が見えるか、俺には見える。
かがみんのキャラソンはケンカ予報と100%の両方を抑えて初めて機能すると言っても過言ではない。

仲良しグループ、メインキャラの集いであるこなた、つかさ、みゆきとなぜ同じクラスになれないのかと嘆いているな。だが忘れてはならない、俺くんもかがみんとは違うクラスであることを。ピントを合わせるべきはここだ。俺くんは転校生なのに歌詞中で【毎年】とか言っているのは気にするな、そういうこともある。

そうなった時、この曲は非常に分かりやすい。思いの丈の全てをかがみんが歌詞中に言ってくれているからだ。言葉の数々も非常にシンプルで”見れば分かる”。
そしてテンションはあまり高くない。むしろ低い。言ってもどうにもならない世界に対して悲しみを抱いている。
かがみにとってみんなとクラスが違うということは一種のコンプレックスにも等しい。そんな自分にはどうすることもできないものに対してまあ人生100%満足なんてないよな……と慰めるような納得させるような雰囲気を見て取れる。

伝えるべきことは多くない、それほどまでに向けられるかがみんからのでけえ感情を好きなように解釈しろとしか言いようが無い。本当にそうとしか言いようがない。
この曲から浴びせられる存在しない記憶が見えるか? 【宿題ならしぶしぶ教える 怪しいグッズ買うのも付き合う】だったり【アニメライブうるうる感動 原作だよラノベも読みなよ】というかがみんとのふれあいの断片を与えてくれているな。ここから何も読み取れないほどお前は弱いのか? 違うだろ。歌詞に対する解釈を広げろ、もっと自由に。
このような断片的な記憶を連続して投げつけてきて、日常の記憶を植え付けてくれるのは非常に助かる。

【原作だよラノベも読みなよ】の部分は特に全身の血が滾る。
かがみんのラノベ好き要素とめんどくせえオタク要素が合わさりあったうえでかわいいが勝っている。
なぜかわいいが勝つのかというと自分の好きなラノベを読んでほしいだけ感を見て取ることができるからだ。かがみんにラノベ押し付けられて毎日読んだ? どうだった? って聞かれたい以外の感情はこの世に不要。

そして何よりも本当は寂しがり屋だったり落ち込んじゃったりとする弱い部分を匂わせてくれている。これは隙ではない、ヘルプコールだ。だからこそこの曲はケンカ予報と対を成すデレの曲たり得るのだ。
あちらではあーもうだなんて言いながらなんだかんだでかがみんがなんやかのしていてくれたのがこっちでは平静を装いながらも内心ではしょんぼりしている。この二極にこそ神威は宿る。

ケンカ予報 当たってる?

散々かがみんの話をしてきたがなんだかんだで一番好きな子を選べと頭へ銃口を突きつけられたらつかさだと答える。だからこそ口惜しい。【寝逃げでリセット】は真なる神の曲だがガチ恋的にはそこまで強くからからだ。
【黙っと休み時間】はギャルゲーでみなみを好きになってから好きになったがこれは完全に"こっち側"なのでそのうち話をする。待っていろ。

ではなぜわざわざかがみんの話をしたのかというとそこには前述した色褪せてはならない俺嫁次代の産物、好き嫌いを超越した力の奔流にこそ着目する必要があるからだ。

化石のオタク会において席巻した日常系アニメのビッグネームといえばらき☆すたの名が必ずあがる。だからこそ最近の再燃に対して楽しみとわくわくの気持ちが降り混ざっている。
果たしてこの令和の世にどれだけらき☆すたは戦えるのだろうかと。アニメ飽和と言わずもらき☆すたでなくとも日常系アニメなど掃いて捨てるほどある。
そんな中でこういった一挙放送だとかサブスク解禁でどれだけ現代に波を起こせるのか。化石たちが一過性の騒ぎを見せて終わるのかそれとも今の世のオタクに刺さりなんらかの話題を呼ぶのか。

このまま世界が加速を続ければ、遠くない未来にかがみんは完全なる鷺宮市のゆるキャラとして在り方を変貌させる。
オタクたちは土着しただのなんだのと言うが大多数の人間からすれば既にかがみんは一人のゆるキャラでありそれ以上でもそれ以下でもなくなる。柊かがみという存在はオリジンでありながらかがみんでない方のかがみんという扱いになる。
そうなる前にツンデレとして時代の覇を唱えたかがみんは令和の世にその力の痕跡を残せるのであろうか。それが楽しみでならない。
戦えるだけの力は確実にある。ケンカ予報も100%も戦いの土俵に立てば勝てるポテンシャルを秘めている。
だがしかしそうなった時、時代の流れを汲んだ時にかがみはこなたとの関係が主流となるのだろうか。両方とも”そういう”解釈も可能どころか今が令和であることを考えればやはりガチ恋はマイノリティであると言わざるを得ない。

かような意味でいけばかがみんのキャラソンもこなたへの感情がどうのこうのでてえてえなどといった解釈が上書きを果たすのか。
だがそれらはかつてマイノリティであったはずの勢力、パワーバランスが時代に追いつくだけの話と言えば実に趣き深い。

まあどんな形であれその存在が現在進行系で残るという事実そのものは尊ばれるべきである。それがゆるキャラであろうとも。
むしろ前向きに強く考えろ、ゆるキャラの着ぐるみ姿相手ならば等身大的な見方もできるし会いにも行ける。良し悪しはともかくだが。

それでもやはり俺は謳い続けなければならない。かがみんといえばガチ恋であり俺の嫁だと。お前だってここにいるということはそうだろう?
例え世界から見てイレギュラーとなってしまっても俺達は抗い続けなければならない。
まだ見えるだろう? 怒っているかがみんが。仲直りしたそうにしている俺の、俺達だけの彼女が。待っているんだよ。

だから

メニューは決まったな?

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