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FF7におけるティファ派エアリス派論争に対して我々は毅然として闘う者達でなければならない

周囲に話を合わせることは大切だ。
盛り上がっている話題に水を差すことも良くない。
だがFF7の鉄板話題において、我々は闘う者達でならなければならない。あの至高のストーリーを陳腐なものにしてはならない。
リメイクの新作が出るのなら、更に闘う者達でなければ。

絶対に忘れてはならない。

どんな時でもソルジャーの誇りは手放すな。

さてもうすぐFF7リメイクの新作が発売されるわけだがこれからまた大いに世間を騒がせる命題についてFF7の限界オタクとして話をしなければならないことがある。

FF7におけるヒロイン、ティファ派エアリス派論争は愚の骨頂極まりない対立煽りであるということだ
ビアンカ派フローラ派、ホムラ派ヒカリ派といったそれらとは全く意味合いが違うのだ。これはFF7のストーリーに基づいたうえでの結論である。
すなわちFF7の話となった際、まずティファ派エアリス派の話をふってくるやつはソルジャー候補生にも満たない下の下だ。

これから湧いてくるFF7新規たちに差をつけるのはここだ。
なお言うまでもなくFF7原作のネタバレはある。リメイクのネタバレはない、これを出したタイミングではまだ発売していないから。

そしてこれに関しては最初に結論から話そう。なぜティファ派エアリス派が論争として成り立たないのか、その理由は明確だ。

エアリスがヒロインではないからだ
より厳密に言えばFF7の主人公はクラウドであり、エアリスはそのクラウドのヒロインではない。
クライシスコアをやれば分かることだが、エアリスはザックスにとってのヒロインだ

エアリスはクラウドに好意があるような素振りを見せるが彼女はクラウドの中のザックスに惹かれていただけに過ぎない。
だがクラウドはザックスの真似をしているだけで本人とは程遠い。エアリスもそれには作中にて気付く。気付かないのはクラウドだけだ。
仕草などは似ているが本質の部分でクラウドはザックスの模倣をしているに過ぎない。それはFF7において非常に重大な要素となっている。

故に私はエアリス生存ルートなる話に対しても断固として拒否をする。それは絶対にありえないことだ。
そう、ザックスならば必ずエアリスを守ることができていたはずだからだ。

ザックスは本物のソルジャーである。対してクラウドはザックスというソルジャーに憧れた魔晄中毒の少年に過ぎない。彼はザックスの真似をしてソルジャークラス1stを名乗り真似るがその本質はまるで理解できていない。
だから、エアリスを助けることができない。エアリスが死ぬということはクラウドはザックスでなく、ザックスになれないという証明に等しい。
強さだけは確かにザックスと謙遜ないかもしれない、だがその心と気高さをクラウドは知らない。夢を抱きしめることの重さ、ソルジャーとしての誇りの詰まったバスターソードの大切さを。
アンジールとザックスの想いの詰まったバスターソードのなんたるかを理解できないクラウドがあの場でエアリスを救うことなどできない。だからザックスはあんなにもかっこいいのだ。

だがクラウドはそれでいい、そこが良いのだ。全てを失い、ソルジャーという自分を守る殻を壊されてからがクラウドなのだ。
そこには孤独に戦い抜いたザックスと違い、仲間の存在が必要不可欠だった。車椅子を押してくれるような仲間が特にな。

クラウドの中のザックスを見ていたエアリスではない、幼馴染であるクラウドを見ていたティファの存在はエアリスと対極に位置している。
分かるか? だからこの物語は最初から最後までヒロインはティファしかいない。
ティファは最初からクラウドがソルジャーでないことを知っていた。ニブルヘイムの話と違ったことも知っていた。だが黙っていた。
ザックスの真似をすることで生きていたクラウドを否定しなかった。ザックスでない、クラウドの憧れた理想のソルジャーでない等身大の彼を肯定するのだ。
ザックスでもソルジャーでもない、幼馴染のクラウドを肯定してそばにいるティファが最初からヒロインなのだ。

クラウドの中のザックスを見ていたエアリスとの対比が光る。それに守られるだけでなく、隣に立って戦うという点でもザックスとエアリスの関係性との対比となっている。

【キミはもうクラウドになったかい?】というキャッチコピーの真意はここに宿る。ザックスの真似でない、ちゃんとクラウドという自分を取り戻すことがFF7の肝だからだ。
そこにはザックスの死であり、ザックスのようにエアリスを守ることができなかったという事実が必要だ。
このようにザックスとエアリスとはクラウドになれなかった頃のクラウドにとって必ず別れなければならないものなのだ。
だからザックスやエアリスの生存について個人的にとても懐疑的、なんなら否定的まであるという話だ。
そうでなければアドベントチルドレンが誇る究極の名シーン【俺がお前の生きた証だ】の重みが弱くなってしまうだろうが。
クライシスコアからの本編からのアドベントチルドレンまででようやくFF7は完結する。その重みを知れ。

そこの重みをどう料理してくるかがリメイクに対して非常に楽しみな部分である。
正直このままザックス生存を正史とするのであればあるいはクラウドとの共闘という未来もあるのかも知れない。そこへ至るまでのストーリー付けがちゃんとしていればそれはとても楽しみな展開だ。

そう、ここまでさんざんリメイクで行われそうな改変等に話をしてきたが新作が出るということに対しては本当に楽しみしかない。なによりも前作の圧倒的クオリティを目の当たりにすればもう何も言えまい。
実際これでどんな展開になろうとそれはそれとして原作は原作、リメイクはリメイクで楽しむことは間違いない。
なにより私の一番好きな仲間キャラであるバレットのメインストーリーがあるのはこの2作目だ。ゴールドソーサーとダインとの決闘は本当に楽しみで仕方がない。
もしエアリスが生存しようものならここまで記してきたティファやザックスとの対比も瓦解して新たなものが与えられるかも知れない。

だが、それでもFF7である限りソルジャーになることができなかったクラウド概念は必ず存在する。そしてエアリスを守ることができなかった弱さも。この要素の料理方法も楽しみだ。
リメイクが忘らるる都までならばエアリスに関してははっきり分かるだろう。

どちらが好きか、好みかという話においてのティファ派エアリス派の話は良い。だがFF7のヒロインとしての論争となればそれがいかに浅ましく表面のみをなぞった議論であるか分かっただろう。
その事実を抱きしめて生きろ。そうすれば誰もお前をFF7にわかだと笑うことはできない。
例えそれがあくまで娯楽目的の薄い会話であろうと、本当にFF7が好きならば戦う必要がある。
おいおい、エアリス派ティファ派の話なんて定番の話題だろなんて言われるかも知れない。それが性癖の話ならば良し。だがFF7の話としての話題ならば闘う者であれ。例えどんな絶望的な状況でもな。

もう、忘れるなよ

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