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【不定期連載小説】幻想とじゃれあって(3-1)

↓↓前のお話↓↓


 気づけば知らない土地にいた。
 券売機の一番端の一番高い切符で行く街。まるでBUMP OF CHICKENの曲の様に、行ったことないなと思いながら、僕はICカードの残高チャージをしていた。
 もうすでに夜。音楽を聴きながら車窓を眺め、僕は終点であるこの駅に降り立った。
 空は広く、暗いが星が綺麗に見えている。
 そして、僕は何のアテもなく歩いた。
 知らない土地、知らない景色。知らない空気も、今はその新鮮さで夢中になれる。
 山が近いからか、少しひんやりした空気。ゴツゴツした岩が在る川。
 風情のある橋の欄干にもたれ掛かって僕は川を眺める。街灯に辛うじて照らされて見えている水面に、映るわけのない自分の顔を探す。
 少しひんやりとした空気が夏であることを忘れさせる。コンクリートジャングルでアスファルト舗装の都心部とは違う。そう感じさせるには十分だった。
 街ゆく人はチラホラ。あまりで歩いてる人は居ない。街灯にはその光に引き寄せられた羽根虫が犇めいている。
 僕はまた歩き出し、ため息を吐きながら橋を渡りきる。
 右手にスーパーが見えてきた。恐らくこの辺の人達の生命線だろうスーパーも流石にこの時間では人気がなかった。

「あれ……萱野君?」

「南澤先生……?」

 南澤春花。高校の英語教師で僕のクラスの担任である。若干二十七歳で、担任を任せられるしっかり者の美人先生である。

「先生、この辺りに住んでるんですか?」

 観光ではない。それがすぐにわかったのは、殆どすっぴんだったのと、いつもよりも気合の抜けた服装と眼鏡を掛けていることによるものだ。

「……ええ。それより萱野君はどうしてこんなところに?」

「まあ……色々ありまして……考え事してたら乗り過ごしちゃって」

「仕方ないわね。橘さんが亡くなって間もないんだから……色々考えたいこともあるわよね」

 優花と付き合っていたことは南澤先生も知っていた……というか、クラス中に知られていた。

「……辛いわよね。目の前でって言うのもそうだけど」

 苦虫を噛みしめるように南澤先生は言う。少し風が吹いて暫く沈黙が辺りを包む。

「こんなところで立ち話も何だし……」

 南澤先生はそう言うと「着いてきて」とだけ言って歩き始めた。

「びっくりしたでしょ? 私がこんな田舎に住んでるなんて」

「いや、なんというか……」

「普段はね、気合い入れて教師、南澤春花を演じてるけど、実はあんまりパッとしない人間なのよ」

「……先生?」

 南澤先生は何やら悩んでいる様子だった。
 彼女の言う演じている教師としての姿とのギャップに悩んでいるのか? そんな単純な悩み、それなりに対処して改善できるだろう。
 着いて行った先は駐車場だった。どこでも見る軽自動車に買い出しの荷物を後部座席に置くと僕を助手席に座らせた。

「え……っと」

「どうしたの?」

「いや、何処に行くんですか?」

「何処って……あなたの家に決まってるじゃない」

「僕の家ですか? なんでまた」

 僕は戸惑っていた。こんなところから僕の家に向かうのか。普通に電車に乗って帰れるのに……。

「ずっと言い出そうか悩んでたんだけど、いいきっかけだから話しておくわね」

 赤信号で停車した車内で南澤先生は言う。その視線は変わらず前に向けられていた。
 普段は眼鏡を掛けていないから、その見慣れない光景に僕は釘付けになった。それと同時に、微かな記憶が脳裏に巡る。

「憶えてないかもしれないけど、私とあなた、ずっと昔に会ってるのよね。あなたのお母さんのやってる英会話教室。実は私、そこの生徒だったの。それで、何度かまだ幼稚園児だった頃のあなたと遊んでたりしてたのよ」

 微かな記憶が蘇る。まだ靄がかかっていはするが、その記憶には優しいおねえさんに遊んでもらった記憶。母の英会話教室で退屈そうにする僕を構ってくれたおねえさん。
 ああ、そうかあれが南澤先生だったのか……確かに『はるかおねえちゃん』と呼んでいた。

「私も忘れていたんだけどね、ほら二学期になったら三者面談とか始まるじゃない? それであまりにも遠方なら私から出向こうかなって思って生徒名簿の住所見てたら、見覚えの在る住所だなって。調べたらやっぱりそうだってなって」

「……僕もすっかり忘れてたというか」

「殆ど憶えてないでしょ? 私だって幼稚園の時のことなんてハッキリ憶えてないわよ」

「はるかおねえちゃんって呼んでたことは、なんとなく思い出しました」

「あはは!懐かしいなぁ……でもあの時、悠馬君に色々教えたりして教師っていいなぁって思ったのよ?」

「教師? 保育士じゃなくて?」

「だって、悠馬君のお母さん、カッコよかったし。私もあんな感じで立派な先生になりたいなって」

 実はいうと僕の母も昔は高校の教師をしていた。
 退職をした後に、語学留学を経て結婚し、僕が生まれた。
 教師時代も生徒の信頼が厚く、人気があったと、かつて教え子の人が訪ねてきた時に教えてもらった。

「まさか、悠馬君の担任になるなんて、想像つかなかったわ。年齢も確かに、そうなり得るくらいは離れてるものね」

 それからしばらくして、車はマンションの駐車場に停まった。


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