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ブドウ栽培での灌漑-水分ストレスの把握


”1本のワインを造るのに300Lの水が必要である。”

こういうワインの小ネタも好きな人は覚えていったらいいかもしれません。


今回は灌漑を行うタイミングについての話になります。

ブドウ栽培における灌漑

日本ではブドウの灌漑は縁遠いコンテンツだと思うが、オーストラリアやアメリカなどの新世界はもちろんのこと、南仏などの旧世界も灌漑というものを活用しはじめている。

この背景には温暖化、異常気象がある。
温暖化は気温に関してのみの表現だが、異常気象だと乾燥なども含む。
この異常気象が加速するなかで、ブドウが極度の水分ストレスに晒されるケースが増えており、そのため生産を維持するのに灌漑を行わざるを得なくなってきているというのが現実である。
下のグラフはブドウの生育期の蒸発散量と降水量の年毎の推移を表している。

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ETpという蒸発散量の指標は右肩上がりであるのに対し、降水量は増えるということはなく、乾燥ストレスが強くなってきている。

とりあえずここで基本的な情報として水分ストレスに関わるファクターも挙げておく。
土壌水分含量、土壌組成(有効態水分量)
蒸発散量(気温、風速、雑草、湿度、樹冠サイズなど)
根の深さ(台木、樹齢、土壌組成など)

こういった温暖化の背景が灌漑を行うか否かという問題を提起させ、ではどうやって灌漑をするタイミングを決めるのかという問題を生んでいる。

そのタイミングを決めるための方法論とその影響についてみていこうと思う。

水分ストレスの検知(水ポテンシャル)

灌漑をするためにはまず水分ストレスの度合いを知る必要がある。

一番有名なのは圧力チャンバーを使った水ポテンシャルの計測だ。

水ポテンシャルはどれだけ水を保持する力があるかというのを示す圧力で、ブドウの木であれば概ね0~-1.5程度の値で示され、0に近ければ近い程水分を保持する力が弱い、つまり水分が豊富でストレスがかかっていない状態を示し、逆にマイナスの値が大きくなるにつれて水分ストレスが大きいということになる。

またこの水ポテンシャルには茎、葉、PreDawnの3種類の計測がある。


この3種類にも各々特徴があり、
茎は最も樹体の水分状態を正確に表しているとされている。
葉はその計測時点での樹体の水分状態を表す。
なぜなら葉の方は気温や気孔の開閉などが影響してくるので、樹体全体の測定としてはあまり正確ではないのである。
そしてPreDawnは樹体の根圏環境の水分状態を表す。

その各々の手法によってストレスがあるとされる区分の値が変わってくる。

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しかし大きな問題はこの手法には、測定用の機械が必要になること、畑全体を把握しようとすると時間がかかるといった問題がある。

そのためこの手法は実験寄りだと言えるかもしれない。

しかしこれらの水ポテンシャルは植物体を直接計測しているという点で他の計測に対して優位性を持っている。

水分ストレスの検知(土壌)

土壌水分や蒸発散量(ETp)などから水分収支を算出することができ、それを使って判断基準にすることができる。

また簡易な方法として幹の直径を用いてもある程度水分ストレスとの相関を見ることができるみたいだが、正確性や相関係数の観点からもあまりオススメはされていない。

もう少し土壌水分とETpについてみてみる。

簡単に土壌の水分含量を考えると
土壌水分量=降水量-(ETp+排水量) となる。

降水量や蒸発散量は気象庁の観測データを用いると把握できるが、排水量は土壌組成などに依存することから測定することが難しい。

そのためこの排水量の部分を無視して簡易的に算出するのが一般的であろう。

そのため砂質土など水分保持能が小さい土壌ではこの方法での算出は困難になり、また水分保持能が高かったとしても、正確さという点では少し難が残るのがこの方法である。

もう少し正確性を求める場合、土壌水分状態をロガーで直接測定してしまうのも手である。
土壌水分状態も土壌の水ポテンシャルというのがあり、この方法では植物体そのもののストレスはわからないが、それに比較的相関の高い土壌の水分状態を把握することができる。
ただこれも同じく測定器がいることが課題である。


水分ストレスの検知(APEX)


またブドウのApex(頂点)の部分の成長度を見る指数もある。
これはどちらかというと植物体の計測に近いのでより正確な水分ストレスの指標となる。

フランス語の図で申し訳ないが、以下の3つの状態をP,R,Cと分類し、茎の頂点部分の成長度合いを見る。頂点にその下の葉が重なるかどうかというのを見る。頂点より上側に葉が1枚来るとStede R、両方の葉の下に頂点が来るとStade Cである。

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この調査は畑のプロット単位で行い、各々の割合を用いる。

具体的には、主枝と副梢の割合を別で計測するので
主枝のステージP割合(PP),ステージR割合(PR),ステージC割合(PC)
副梢のステージP割合(SP),ステージR割合(SR),ステージC割合(SC)の6項目になる。

ちなみにここでは便宜的にPPやPRと置いているがこれはPrimaryのPとSecondaryのSで特に決まっているわけではない。

そしてこれらの割合を用いて主枝成長阻害指数(Primary Growth Arrest Index(PI))とでも訳される指数を計算することができる。

計算式はPI=(100/3)*((1-PP)+PR+(2*PC))で求めることができる。

つまりPRやPCの割合が増加するとPIが増加する形である。

このPIは植物の水ポテンシャルと比較的高い相関を持ち、R二乗値が0.7あたりになることもあるので、このPIは水分ストレスの指標に十分なり得るものではないかと思う。

またSecondaryの方も同様に
SI=(100/3)*((1-SP)+SR+(2*SC))となる。
この式や値の扱いに関しては下の画像を参照してほしい。
端的に言うと、PIが50を超えると生長が阻害されていることになる。
ただ実のヴィレゾン後には、水分関係なく成長が止まり、この指標は使えなくなるので注意が必要だ

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また本来ならこれらの指標のどちらが、または差や平均のいずれが最も植物の水ポテンシャルと高い相関があるかというのを調べることができるといいのだが、そのためにはまず水ポテンシャルを調べなければならないので、そういった情報がない場合はPIを用いるといいだろう。

しかし日本という現場レベルで見ると、水がかなり闞沢にある状況下での正確性を考えねばならず、その場合の相関というのは保証できないので、一度は水ポテンシャルと照らし合わせるほうが無難だ。


そんなことを言ったって、この水分ストレスの指標なんか日本で使うことなんてないじゃないかと思うかもしれない。

ここは逆転の発想だ。

暗渠や土寄せをして少しでも根圏の有効態水分を減らしたいとしよう。

その時にこういった考え方を用いることで、他のプロットに比べてその効果があるかどうかというのを調べることができるのではないだろうか。

使えるか使えないかはこの場では断言できないが、データをとってみるのにかかるコストはPIやSIであれば数時間なので、やってみて損はないだろう。
だいたい30~50本の茎の頂点でカウントするといいと思う。

今回はここまで。
次回はその他灌漑に関してお届けします。

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