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A Flower, Mother's Day (掌編)

コンビニで恋人がカーネーションを買った。

食事を終えて22時くらいだった。透明な箱型のパッケージに入ったカーネーションは、マルボロと一緒にコンビニのビニール袋に収められた。

"母の日"

「それで大丈夫?」と私は彼に聞いた。今の時間帯に開いている花屋があるなら、そっちへ駆けつけた方が良いように思った。そのカーネーションは、プレゼントとしてはぜんぜん相応しくなかった。デートから帰ってきた息子に、ちゃちな箱に閉じ込められた一輪の花を渡される母親を想像すると、なんとなく私は自分が悪いことをしているような気にさえなっていた。

私の母親はきっと、両手からこぼれそうなほどのバラを好むだろう。シックな色合いのリボンで結わえられ、センスのよいカードが枝葉にはさまれ、お行儀のよい笑顔が添えられていなければ、がっかりするだろう。バラの名前が高貴でないといって、娘の審美眼を笑うだろう。豊かな香りをできるだけ長く楽しむために、切り花でなく鉢植えがよかったと言うだろう。母親というのは… 心配がじわじわと胸に広がる。彼は言った。

「これでいいじゃん」

五年間のお付き合いを経て、私は彼と結婚した。いつかの母の日に、お義母さんがこんなことを言った。

「あの子ねえ」と、お義母さんは言った。「ずうっと昔から毎年、お花をくれるのよね。私も働いてて忙しいからお花なんて別にくれなくたってよかったんだけどさ。でも、何かくれるってことだけでやっぱりうれしいじゃない。」

「そうなんですか」

「あなたももう『家族』なんだし、気なんかつかわなくていいわよ」

お義母さんは電話の向こうで無邪気に笑った。どこかからすうっと風が吹き込み、心のもやが晴れてゆく。もう二度と触れることはないと思っていた自分自身の家族の記憶が、奥の方でコトリと音を立てる。

もし、子どもの頃の自分に会えるなら、きっと私はこう言うだろう。千切られてしおれても、その先があるから何も心配はいらない。いまその場所が苦しくても、優しい雨の降る花園はあなたを待っている。そこはいつだって開放されていて、どんな種類の花も自由に咲いている。ただ、自分で歩いてゆかなくてはならない。
だから、さあ、勇気を出して。

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"The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all." ------ From the movie, Mulan. (Walt Disney)"
「逆境の中で咲く花こそ、最も貴重で美しい」
ディズニー映画『ムーラン』より


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