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アイスコーヒー・リパブリック

夏の気配を感じると、水出しのコーヒーをつくる。今年もこの季節が巡って来たな、と思う。

氷を浮かべたアイスコーヒーをテーブルに準備して、さあ、今日のおやつはどうする。ひやりとクールな冷蔵庫の中を見渡して、なにげなく手に取ったのは、コーヒーゼリー。

ふと、思い出す。

きみに笑われた、アイスコーヒーとコーヒーゼリーをオーダーする私のこと。あるいは、紅茶のシフォンケーキとアールグレイティーをオーダーする私のこと。

本を読みだしたり、映画について語りだしたりしたら止まらない私のこと。

好きなものが世界に増えていくのはいいことだ。でも、何かを好きになりすぎると、人は途端にバランスを失う。

世界のロマンティックな側面を夢見すぎてバランスをうしない、時々私はふらついて倒れてしまう。好きなものだけで生きていくことは出来ないのだろうか? 嫌いなもの、苦手なものを排除し続けていけば、いつか私の完璧なロマンティック自治区が完成するのだろうか?

でも私には分かっている。たぶん、世界はそんなに簡単ではない。嫌いなものをすべて避けても、好きなものだけが残るなんてことは、ない。

私のことを笑ったきみは、なんとか歯をくいしばって仕事を続けている。いつもすこし疲れているけど、すこしずつ状況は上向きになってきているみたいだ。どんな場所でも、きみはそこを共和国にすることができる。

きみのそういうところが好きだ。

<会社は激変して、仕事は相変わらず大変だよ>

アイスコーヒーを飲みながら、約2ヶ月前、きみの共和国から届いたメッセージを読み返す。

<でも私は辞めなくて良かったと思ってる。好きなことだけで生きていくなんて出来ないよねやっぱり>

<それは良かった。また会おう>

きみからの返信は、私のちぐはぐな返事で途切れている。私はちゃんと言ったっけ? きみのそういうところが好きだ、って。

言えなかったのだった、かな。

日曜日、ヘアサロンへ行った。長い髪をすずしげに抄いてもらい、前髪は短く。頬の横でぱちんと心地よいハサミの音がしたかと思うと、「おくれ毛、つくってみました。スタイルに変化が出ますよ」と、なじみの美容師さんが微笑んだ。

鏡に映る自分は、この世界にまた一つ「好き」を見つけ出して機嫌が良い。

ヘアサロンを一歩出ると、まぶしい日差しが迫って来る。道路、街路樹、青の信号機、あらゆるものが夏の気配にまみれている。そう、これは、夏の匂い。頬の毛束がくすぐったい。

好きなものや心地よいものを選択し続ければ、世界は徐々に変わっていく。でもいつだってその先に「正解」はない。ただ好きな方向へ私がピョンと小さく移動するだけだ。今日も私は私らしいものをかき集め、さすらいながら、いびつな形の自治区の前線をそっと押し広げる。

浮かれ気分の私は、筆不精なきみにメッセージを書き始める。

〈お久しぶり。ねえ、いつ会いにくるの?〉

街路樹の葉が光を集めてきらめいている。きみの国にすこしだけ入る。でも、侵略はしない。

返事がなくても気にしない。

きみの国の切手を買って、また手紙を出しに行けばいい。

そんなことを考えながらメッセージを送信すると、思いのほかすぐに返信は来た。

<そろそろ連絡しようと思ってた。行くよ、来月>

意志により別の国にわかれたはずの私たちは、時々同じ港へ引き寄せられながら、また思い思いの場所を目指す。つかず離れず、それぞれの夏のクルーズといこうじゃないか。いつものように。

それでいい。やがて時間は意志のおよばないところへ私たちを運んでいくのだから。

だからどうか、笑える時に、私を笑ってくれればいい。きみのそんなところが好きさと、次は言おう。

夏はすぐそこまでやって来ている。

いや、私たちが行くのだ。










Summer is upcoming soon. No, it sounds WE are going to grab it. Time never stop, but It surely conveys us someplace far, so please laugh at me whenever you like. 

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読んで下さってありがとうございます。

mao nakazawaさんの写真も涼しげなZINE 「#ドリーミングガールダイアリーズ」、夏のクルーズのおともに、よろしくどうぞ。

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