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障がい者と歩む人生

「みるとす」2021年6月号「特別インタビュー」

 幼少期に接種を受けた欠陥ワクチンによって、視力と聴力を奪われた人がいる。名前はヨセフ・サミュエルズさん(愛称ヨシ)。ヨシさんの父カルマンさんは、数々の困難を乗り越えて障がい者支援施設シャルヴァを立ち上げるに至った。著書の日本語版『障がい児と家族に自由を――イスラエルの支援施設シャルヴァの夢』の発刊を前に、ヨシさんと家族の歩んだ半世紀を語ってもらった。

神の導きに感謝 

――カルマンさんの著書がいよいよ日本で発刊されます。本書を読み、不謹慎かもしれませんが、とてもドラマチックな人生を歩んでこられたと感じました。まず、カナダの世俗的な家庭で育ったカルマンさんがイスラエルのイェシヴァ(ユダヤ教学院)で学ぶことになり、ラビにまでなられました。

カルマン 私の子供たちが大人になった時に尋ねました。「お父さん、欧米の歴史・文化で教授になろうとしていた人間が、なぜ全く違う世界に飛び込んで宗教家になろうと思ったのですか」と。私は「選択の余地がなかったんだよ」と答えました。「お母さんと一緒になって『シャルヴァ』という施設を作り、障がい者の世界を変える必要があったんだろうね」と。妻マルキは正統派の家庭で育ちましたが、私は全くの世俗派でした。そんな私を神は「顎に鉤をかけて」(エゼキエル書29:4)バンクーバーから連れ出し、様々な方法をもって正統派ユダヤ教徒にしてしまいました。その後、縁組みによって私は彼女と出会い、結婚しました。これは神の導きであったと確信しています。

――聖書の預言者のように導かれてきたわけですね。自分の意思とは違う方向に歩まされてきた人生は、大変ではありませんでしたか。

カルマン 私は毎日、神に感謝しています。私の人生についても、息子ヨシについても、今までに出会った素晴らしい人々との出会いについても、感謝しかありません。もちろんあらゆる困難は今もあります。ヨシは見ることも聞くこともできず、今は車椅子で移動しています。あらゆる補助が必要ですが、彼の人生は満たされています。
 ヨシは常にポジティブですが、たまに「なんで自分の人生はこんなことになったんだろう」と落ち込むこともあります。そんな時、私は彼に言うんです。「ヨシ、君の言うとおりだ。なぜ君がこんな大変な人生を歩まなければならなかったのか、僕にも分からない。けれども、ちょっと考えてみよう。君には数百人もの親友がいるけれども、僕にはそんなにいない。そして君の困難な人生によってシャルヴァが誕生し、世界中の同じような境遇の人に大きな助けとなっている。君は世界を変えることができた。それは、健常な人でもなし得ないことだ」と。
 中世のあるユダヤ賢者は「私が神を理解したなら、私が神になる」と言いました。世界の創造主である神について、人間には分からないことがあるということです。

 聖書さながらに

――ヨシさんはまさに聖書のヨセフのようです。理不尽な人生を歩まされたヨセフでしたが、「主がヨセフと共にいたので、成功する人となった」(創世記39・2)とあります。ヨシさんも理不尽な仕打ちを受けて様々な矛盾を通りましたが、数々の夢を叶えて成功しています。

カルマン そのとおりですね。私の息子ヨシは命の危険に晒されたにもかかわらず生き残りました。エジプトの宰相になったわけではありませんが、自らの才能を発揮して「成功する人」になったと言えます。聖書のヨセフは「容姿が美しかった」(創世記39:6)とありますが、ヨシも本当に美しい。つい先日、ヨシの生後7カ月の写真を彼の部屋に飾りました。ワクチンで健康被害を被る前です。改めてその写真を見て、彼の容姿は美しいと思いました。まさに聖書のヨセフのようです。今も彼の内面の美しさは健在です。

――本書を読むと、奥さんのマルキさんが重要な存在であることが分かります。お二人の関係性を見ていると、聖書のモーセとアロンを思い出しました。出エジプト記には「アロンはモーセの口となり、モーセはアロンにとって神となる」(4:16)、「見よ、私はモーセをファラオに対して神とし、アロンはモーセの預言者となる」(7:1)とあります。

カルマン 今までそのように考えたことはありませんでしたが、私たちの関係はまさにそのようです。マルキにはヴィジョンがあります。彼女は幼少期にいくつかの国に住んでいたのもあって6カ国語が話せるのですが、詳細を説明するのが得意ではありません。それに比べて私は英語でもヘブライ語でもあらゆることを詳しく説明することができます。
 まさにモーセとアロンですね。アロンはモーセにとっての口だったわけです。モーセは「口が重く舌が重かった」(出エジプト記4・10)ので、神がモーセにメッセージを伝え、モーセはアロンに語りました。そしてアロンはイスラエル民族やエジプトのファラオに語りかけたのです。つまりアロンには対外的な使命があってそれは私の役割、マルキにはシャルヴァのヴィジョンが与えられ、施設の建物の細部まで彼女が指示した。つまりモーセの役割ですね。

 本当の幸せとは 

――ヨシさんが被った健康被害により、家族の人生が大きく変わってしまいました。半世紀近く経った今、ヨシさんやカルマンさん自身、そしてご家族の人生についてどのように感じておられますか。

カルマン ヨシが生後11カ月の時に欠陥ワクチンによって人生を破壊された後、私たちの人生は確かに変わりました。当時は医学的な情報を全く入手できず、誰も相談にのってくれませんでした。ヨシがどのような健康状態なのかすら分からず、私たちは途方に暮れ、手探り状態が続きました。
 その頃、先に生まれた長女のネハマは2歳半くらいでした。マルキは素晴らしい母親ですが、ヨシがそんな状況になったために彼女はヨシにかかりきりになってしまい、他の子供にはあまりかまってあげられなくなりました。父親の私も同じです。
 その後、5人の子供に恵まれましたが、彼らは皆そのような状況で生まれ育ちました。決して楽な生活ではありませんでした。今に至るまで経済的に余裕があったことはありません。シャルヴァを作った時も資金はありませんでした。ヨシのためにニューヨークに移住し、そしてまたヨシのためにイスラエルに帰ってきた。困難なことだらけでした。
 意思の疎通ができない子供が家にいるのは本当に大変なことです。ハグやキスはできますが、彼が何を欲しているのかが分からない。暑いのか寒いのか、お腹が空いているのかどうかも分かりません。シャルヴァには今もそんな子供がいます。その後ヨシと会話できるようになったことは神からの大きな贈り物でした。それからヨシは成長を続け、シャルヴァも発展し続けています。困難の連続でしたが、振り返ってみると、神の導きがあったことは確かです。
 私の子供たちは無事に成長し、今はそれぞれに家庭を持つに至りました。彼らは確かに普通ではない家庭環境で育ちましたが、ヨシの兄弟姉妹であるということで、たくさんの人との出会いに恵まれました。普通の家庭では絶対に会えないような人物にも会うことができました。ヨシの教師や世話人をはじめ、一国の首相や大統領など、彼らの人生を豊かにしてくれる出会いがありました。いろいろな人との出会いに恵まれ、その中で様々な体験をさせてもらい、神に感謝しています。
 人生に本当の幸せをもたらすものは何でしょうか。それは、人との繋がりにおいて、自分のやっていることに人生の意味を見出だせるかどうかだと思うんです。幸せというのはそれ自体が独立して存在しているわけでありません。
 私はもうすぐ70歳になりますが、コロナ禍によって、子供時代の友達に連絡を取るようになりました。数十年ぶりのことです。友人の多くはすでに定年退職していて、旅行したりスポーツをしたりして余生を楽しんでいます。「君はいつ退職するんだ」と聞かれます。私は「退職というのは仕事をしている人のすることだ。私は働いているわけではなく、人生を楽しんでいるんだ。それが終わるのはこの世界を離れる時だよ。それまでは今やっていることを続けるだけだ」と答えました。彼らは笑いましたが、私は大真面目です。
 私は毎日シャルヴァであらゆることをやっていますが、仕事をしているわけではありません。自分のやっていることに喜びや人生の意味を見出だしているんです。

あなたの隣人を愛せ

――今や数千人の障がい児と向き合っておられるわけですが、障がい者に対して差別の目はありますか。

カルマン 中には理解を示して手を差し伸べてくれる人もいますので一般論を言うつもりはありませんが、皆と違う人が受け入れられにくいのは事実です。それでもシャルヴァを始めた30年前に比べると、社会は大きく変化しました。障がい者を理解しようとする努力が払われるようになり、障がい者を雇用する企業も増えました。大変良いことです。
 シャルヴァでは10代のボランティアもいますが、彼らは最初どうしていいのか分からずに戸惑います。でもしばらく経つと溶け込んで、障がいの有無は全く気にならなくなります。彼らは障がい児の内面の美しい魂を見るようになるからです。その後、彼らは大人になってそれぞれの職に就いていきますが、障がい者と身近に接してきた人は普通の人とは違う見方をします。「障がい者」ではなく、障がいのある「人間」という見方をするからです。
 シャルヴァには障がい者の働くカフェがあります。遠方からも美味しいコーヒーを飲みに来てくれるのですが、カフェに行くには施設の中を通らないといけない構造になっていて、途中で様々な障がい児と出会います。建物の外には障がい児のための公園があるのですが、そこは誰でも入ることができ、エルサレム市外からも子供たちが遊びにきます。彼らは障がい児のいる中で遊ぶわけで、いつもとは違う状況に最初はじっと見ている子もいますが、すぐに普通に遊び始めます。障がい児と一緒に遊び始める子もいればそうじゃない子もいますが、それは問題ではありません。彼らにとって障がい児のいる環境が普通になる。それが大事だと思っています。

――ユダヤ教では障がい者をどのように見ているのでしょうか。

カルマン ユダヤ教では障がい者を健常者と同様に見ています。聖書は「あなたの隣人をあなたのように愛しなさい」(レビ記19:18)と命じています。これは聖書の根幹をなす掟で、すべての人を愛するよう命じています。隣人を愛するというのは、隣人が必要とする援助を行なうということです。困窮した人に対しては「彼を支えなさい」(レビ記25:35)と命じます。お金のない人には経済的な援助をし、健康に問題のある人には寄り添う。人間社会は助け合うことが必要ですが、これは人の本質だと思うんです。この聖句を知らなくても、隣人を助けて生きている人もいます。しかし中にはそうではない人もいる。それで聖書はそのように命じているのだと思います。

明確な答えのない問い

――コロナが収束に向かっているイスラエルですが、今回のパンデミックをどう見ておられますか。コロナは神を疎かにした罰だと主張する宗教・宗派があるようですが、カルマンさん自身はユダヤ教のラビとしてどう受け止めておられますか。

カルマン ユダヤ教の中にも過激派と呼ばれる極端な人たちがいて、同様のことを主張する人もいます。なぜこのようなことが起きたのかを説明するのですが、私には彼らの言うことが理解できません。世界で起きているすべてに神が関わっておられることは確かですが、問題はそのメッセージが何かということです。それは1つではありません。神罰と言う人もいれば、世界の修復であったり、人生の優先順位を変えるためだと言う人もいる。
 私はシャルヴァへの援助を求めて世界中を飛び回ってきました。しかしコロナでそれができなくなりました。今後もしばらくは無理でしょう。そんな中、ある時私は改めてヨシとの関係を思いました。彼とはできる限り一緒に過ごしてきたつもりでしたが、それでも海外に行くとしばらくは会えない。コロナ禍で彼とずっと一緒にいた時に「今まで自分は何をしてきたんだろう」と思ったんです。私には目が見えず耳も聞こえず自分では歩けない息子がいる。それなのに私はいつも〝不在〟だった。もちろんできる限り寄り添ってきたつもりですし、外国に行くのもすべては息子やシャルヴァの子供たちのためでしたが、本末転倒になっていたのではないか。コロナのお陰で時間ができ、かつてのようにヨシと一緒にいる時間が増え、関係をさらに深めることができました。
 これは小さな例に過ぎませんが、コロナによって世界中の多くの人の命が絶たれ、生活を奪われました。なぜこのような事態になったのかは分かりません。けれども、その理由を知っていると言う人の主張を私が受け入れることはありません。ユダヤ教は、その理由を知ることを求めてはおらず、すべてのものに説明を要求することはありません。
 例えば、ホロコーストが起きた理由について私は説明できません。私が宗教家になった時、多くの人が私のことをあざ笑い、気でも狂ったのではないかと言われました。ホロコーストという惨事が起きたのに、なぜ神を信じることができるのかと。確かにこれは大きな問いであり、各々が取り組むべき問題です。ホロコーストに限らず、世界では何の罪もない子供が様々な理由で命を奪われています。この世界には、明確な答えを見出だせない疑問が数多くあります。
 こういうユダヤジョークがあります。105歳の誕生日を迎えたある老人に対して「どうしてそんなに長生きできたのですか」と尋ねた。その老人は答えた。「私は皆と同じように生きてきただけだ。今まであらゆる困難に直面した。妻と死別し子供を亡くし経済的に困窮した時もあった。けれども私はそうした困難に直面した際、神に疑問をぶつけたことは1度もなかった。神が私の疑問に答えるため、あちらに呼び寄せるのではないかと思ったからだよ」
 私もまだ答えをもらっていません。

ワクチンについて

――カルマンさん自身やご家族は、コロナワクチンの接種を受けられましたか。

カルマン ええ、ご存知のようにイスラエルはワクチン接種が進んでいて、今年の1月から接種が始まりました。私も1回目の接種を受けましたが、実はその1週間後にコロナに感染したことが判明しましたので、2回目の接種は6月以降になると言われています。まずヨシがコロナに感染したのですが、無症状でした。私は彼からもらったようです。今は妻もヨシをはじめとする子供たちも接種を終えました。

――ヨシさんは三種混合ワクチンで健康被害を受けたわけですが、今回のコロナワクチンについて、どのように思われますか。

カルマン 息子の1人が「ヨシがワクチンのせいでこんなことになったのに、お父さんは接種を受けるのですか」と聞いてきました。私は「ヨシが接種を受けたワクチンは全く別の物だ。今回のワクチンに関するいろいろな情報を見る限り、全く問題がないというわけではないが、リスクはかなり低い。それと、ヨシの時と状況が全く違うのは、今は感染症が世界中に広まっていて、我々の家の戸口にまで差し迫っているということだ。命に関わることなんだよ」と説明しました。ヨシの母親であるマルキにとっては辛い選択だったようですが、家族全員が接種を受け、副反応も全くありませんでした。

――シャルヴァの運営にも影響があったのではないですか。

カルマン 子供たちにもスタッフにもいろいろな影響が及びました。シャルヴァ内で働くスタッフは外部との接触を断ち、シャルヴァの中で感染者が出ても外部に広がらないよう対策しました。これは大変な仕事でした。スタッフの中から感染者が出た時は、本人以外にも接触者を2週間隔離しなければなりませんでした。シャルヴァは常にオープンな施設ですので、それを守り通すのは本当に大変でした。今はようやく峠を越えましたが、16歳未満にはまだワクチンが認可されていませんので、小さな子供たちはまだ接種を受けていません。スタッフは全員接種を済ませました。

――最後に、カルマンさんの本について、ヘブライ語、英語の次に日本語で出版されることについて、どう感じておられますか。

カルマン 次の翻訳版がフランス語でもスペイン語でもなく、極東の日本で出版されることにとても感激しています。徳留絹枝さんがシャルヴァを訪問され、本を渡した際に「翻訳したい」と言われた時は嬉しかったですが、こうして本当に出版される運びになったことは奇跡であり、信じられない思いです。

――私にとって、編集の段階からこれだけ泣いた本は初めてです。悲しい涙もありましたが、感動と温かい希望の涙もたくさん流しました。

カルマン 日本にもあなたのような読者がいることを嬉しく思います。ぜひ心ある方に読んでいただきたいです。「障がい者については寛容に、親切に対応するべきだ」という一般論があったとしても、普通の人はその実情を知る術がありません。障がい児を持つ家族がどのようなところを通っているのか、この物語を読むことによってその痛みを共有していただけると思います。そして、自分の周囲にいる同じような境遇の人を助けようという思いになってもらえると嬉しいです。(終わり)

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カルマン・サミュエルズ 1951年バンクーバー生まれ。障がい者への包括的ケアを提供するイスラエル団体「シャルヴァ」の設立者・代表。ユダヤ教ラビ。シャルヴァは障がい者ケアの分野で世界的に指導的立場となり、国連経済社会理事会の公式コンサルタントを務める。バルイラン大学名誉哲学博士。エルサレム在住。

●シャルヴァ30年史(英語)


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