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【取材記事】デザイン思考で日本の技術を再構築、蛇口とお皿に「高効率節水」イノベーションを起こし、世界の水不足解決へ

日本に暮らしているとそれほど意識することがない水不足問題。世界では現在、36億人もの人々が水不足に悩まされています。2050年には世界人口の約半数にも及ぶ97億人が水不足に陥ると予測され、人類の最も重大な問題の一つと言われています。
そんな中、「蛇口」と「お皿」という、暮らしに根ざすアイテムで「水不足」の課題解決に挑むのが株式会社DGTAKANOです。

超節水ノズル『Bubble90』と水ですすぐだけで汚れが落ちるお皿メリオールデザインは「節水」市場にイノベーションをもたらし、日本のものづくりに大きなインパクトを与えています。今回は、ウェルビーングとサステナビリティを基盤に事業デザインをする代表の高野さんに創業経緯やプロダクト開発の経緯、水不足に取り組むきっかけや困難だったことなどを伺いました。

【お話を伺った方】

高野 雅彰(たかの まさあき)様
株式会社DG TAKANO代表
1978年大阪府東大阪市生まれ。神戸大学経済学部を卒業後、IT企業に就職し3年で独立。高い節水率と洗浄力を兼ね備えた節水ノズル「Bubble90」を開発し、2009年「"超"モノづくり部品大賞」でグランプリ受賞。2010年に社会課題や環境問題等を解決するデザイン会社
「DG TAKANO」を設立。2022年「サウジ・日本ビジョン2030ビジネスフォーラム」に日本代表企業として招待され、世界の水不足の解決に取り組んでいる。2023年に洗剤を使用せず、水ですすぐだけで汚れや細菌を落とす食器meliordesign(メリオールデザイン)を開発し、日経クロストレンド「マーケター・オブ・ザ・イヤー2023」優秀賞を受賞。 経済産業省J-Startup企業、日経ビジネス『世界を動かす日本人50』、ForbesJAPAN「ChatGPT後の日本の勝ち方10」等に選出されている。


■技術を受け継ぎ、節水を軸に一人で起業

mySDG編集部:起業に至る経緯からお伺いします。

高野さん:僕は東大阪の町工場の3代目に生まれ、家業を継がずに技術だけを受け継いで起業しました。もともと具体的な事業は決めていなかったのですが、いよいよ自分が起業するにあたって改めて自分の夢や目標を考えたとき、世界中で売れるものを作って、世界の困りごとを解決できるものを作りたいと考えて、世界の困りごとは何があるのか調べていきました。すると「水不足問題」があり、水の分野だったら自分にも可能性がありそうだと参入を決めました。

mySDG編集部:水の分野に参入できると思った理由はどこにあったのでしょうか?

高野さん:家業の町工場には金属を削る高い技術力と設備がありました。うちの父親はそこでガスコックを作っていました。業務用の“ガスコンロの火力を調節するつまみ”です。ところが、ヨーロッパでは同じ機械で人工関節を作っていますし、ミサイルの部品を作ることも可能です。特別な分野の部品を作るというより、金属を削って作りたいものを作る機械ですから、この機械を使って作る物は、作り手のアイディア次第というわけです。
僕はこの設備と受け継いだ技術で、「節水の製品」が作れると思いました。

mySDG編集部:受け継いだ技術に可能性を感じたんですね。

高野さん:そうです。節水の製品だったら、自分一人の努力で完成品まで持っていけるだろうと思ったわけですよ。
例えば、貧困問題の解決や海水から淡水を作り出すことは、他の協力者がいないと自分一人では解決できない。当時まだ無名の自分に対して協力者を探すのは大変なことでした。それなら、最初は一人の起業からスタートしているので、製品開発も自分だけで努力して、機械の操作を覚え、実験して完成品まで持っていこうと。同業他社との圧倒的な差別化を図るためには、数値で示すことが大事なので、極限まで高い数値の出る完成品を目指しました。

mySDG編集部:製品の超節水ノズル『Bubble90』の開発はとても挑戦的なことだったんですね。

高野さん:はい。節水の市場に参入を決めてから、最高に高い完成度を目指して、独学でプログラムの勉強、特許の勉強、ノズルの開発などいろいろ思考錯誤し、やっと納得いくまでに至ったんですが大変でしたよ。全部素人でしたから。

mySDG編集部:圧倒的な差別化とは、節水効率90%以上という数値ですね。この製品をお一人で完成させたのは本当に驚きです。


■デザイン会社が生み出した、水だけで汚れも細菌も落ちるお皿

meliordesign

mySDG編集部:節水ノズル『Bubble90』の次にリリースされたメリオールデザイン(お皿)開発への流れが興味深いですね。

高野さん:節水効率の良い『Bubble90』を開発したDGTAKANOが、節水蛇口の次に、節水のシャワー、節水トイレを作る。DGTAKANOが水栓メーカーになっていく、というのは、日本人の今までのものづくり会社の思考パターンです。自社で持っている技術を何に応用するのかを考えるという。

DGTAKANOの「DG」は「デザイナーズギルド(デザイナー集団)」の略。DGTAKANOは日本ではとても珍しいデザイン会社です。世界のデザイン会社の例では、アップルのスティーブジョブズや、テスラのイーロンマスク。彼らは上流のデザインをするいわばデザイナーなんです。
日本語でも「デザイン」の意味を調べると「設計」なのですが、日本語で表すデザインは衣装や製品のフォルム、色柄など見た目を意味することが多い。ここで言う「デザイン会社」とは、自分たちの成し遂げたいことに必要な技術を集め、経営することなんです。

mySDG編集部:高野さんが成し遂げたいことは?

高野さん:僕の場合は「節水」で水分野の中で勝ち抜くことです。これを成し遂げるためにデザイン思考で考えます。今までのものづくり会社の視点では、蛇口の相方はシンク。シンクと蛇口をデザイン的に統一させる方向に製品のラインナップを充実させることでした。

デザイン会社の視点では、節水ノズル『Bubble90』は「洗う側」として捉えます。相方は「洗われる側のお皿」ですよねと。ならば、次の製品は「簡単に汚れが落ちるお皿」です。そのお皿を作るために必要な技術を日本中から探し、ドンピシャの技術なんてありませんから、可能性がありそうな技術を試し、研究の上、メリオールデザインのお皿をリリースできたという流れになります。

mySDG編集部:水を流すだけで簡単に汚れが落ちるヒミツを教えてください。

高野さん:このお皿は“ナノテクノロジーを使ってお皿の表面を改質”してるんですが、今までこうした発想も技術もなく、全く初めての試みでした。技術的には、お皿の表面にナノレベルの芝生が生えているようなイメージです。芝生の上に油汚れがのると、水がその下に浸透して水と油の反発でするりと汚れが落ちる構造になっています。

ナノテクノロジーの技術にたどり着くまでに、さまざまな研究を重ねた中で、油汚れを水だけで落とせる塗装技術も試しました。しかし、その技術は製造過程で劇薬を使わなければならず、工場では防護服で作業し、廃液は捨てられないなど環境と人への問題が多く、使えない技術でした。それでは持続可能ではないですからね。しかし使用するユーザーはもちろん地球環境にも人にも全く無害な上、高性能な技術を開発しなければならない。大変難しい課題でした。

mySDG編集部:他にも難しかったことはありますか?

高野さん:『Bubble90』は自分1人が頑張れば完成まで持っていけましたが、今回のメリオールデザインの場合は、僕が持ってる技術じゃないわけです。日本の中小製造業のとんがった技術をベースに研究開発を進めていきました。初めは共同で研究開発の話をしても、そう簡単にはいい返事をもらえません。辛い思いも沢山しましたね。

完成に至るかわからない研究開発に、何年も費やしてくれる企業を探すのはとても難しい。先方にとっても相手が大企業であれば安心できても、協業するのが小さなスタートアップだと完成後の売れゆきも含め心配ですからね。
メリオールデザインが完成した後も、社内の苦労もありました。今まで国内のBtoBビジネスの経験しかないスタッフが、BtoC未経験のまま、初めてブランドやECサイトを立ち上げるという、新しいチャレンジの連続でした。

■お皿がかなえるサステナビリティとウェルビーイング

mySDG編集部:『Bubble90』を含め、節水の成果として広まって欲しいことはありますか?

高野さん:『Bubble90』のシェアは現在、国内の大手レストランチェーン店の8割ほど。スーパーマーケットへの導入も加速度的に広がる中、一つの実績・成果として、毎年大阪市民1ヶ月分の水使用量を超えた量の節水を実現しています。HPに1年間に節約している水の量と、1年間に削減しているCO2排出量を掲載しています。
さらにお皿1枚分の節水量はそのまま水道代の節約になります。このお皿は水だけで汚れが落ちて「お湯」を使わないので、電気・ガスの使用量が減り、水道代・電気・ガス料金も下がります。洗剤も使わず、洗剤代も減り、CO2削減量は増え、何より面倒な“お皿洗い”の時間が大幅に短縮されるんです。

※メリオールデザインが目指す未来

例えば毎日朝晩20分、お皿洗いをすると、年間で10日間お皿洗いに費やしたことになる。「やりたくない家事ランキング1位」などで、常に上位の食器洗いから解放されて自分の時間が持てます。
日々の慢性的なストレス負荷から解放されて、ライフスタイルやマインドが変化し、幸福度が上がり、地球環境負荷も減らせるわけです。家計も助かり、節約できたお金は投資や購買に使うことができるので、経済効果も上がるんです。全てが良くなりウェルビーングを高められます。
今後はフォークやナイフ、調理器具などの商品のラインナップを増やす予定ですし、できる限り水だけで落とせるようにしていきたいと思っています。


■今までのビジネスモデルにイノベーションを起こす

mySDG編集部:最後に、今後の展望や目標をお聞かせください。

高野さん:水の問題は本当に深刻です。今はごく限られたエリアのみ水不足に陥っている状況ですが、2040年にはほとんどの国が水不足に陥るという予測がされています。

出典ユニセフ:安全に管理された飲料水サービスを利用する人口の割合、2022年(%)

この対応策として、海水を淡水に変える水の循環のシステムもありますが、これは環境破壊に繋がり負荷をかけてしまいます。

mySDG編集部:ブライン(濃縮塩水)ですね。海水が濃縮され、塩水とともに海洋汚染物質も濃度が高くなって、海洋排出のときに生態系に悪影響が出てしまうんですよね。

高野さん:ええ。しかし、必要なシステムでもあります。それと同時に節水も大事です。蛇口から水が出ないなど、物理的に困る状況が差し迫る中、今後は世界中で節水の重要性や地球を守る意識が高まっていくでしょう。1社の技術だけでは万能ではありませんから、多くの企業の多種多様な技術を組み合わせて、人類、皆で取り組んでいくべきです。

とは言っても、消費者側にデメリットがあると、サステナブルな製品でも共感や協力を得られません。その点、メリオールデザインなら一度購入すると、その後のメリットが高い。ユーザーのウェルビーングを叶えつつ、地球環境への負荷を減らしていくムーブメントを企業と消費者の双方で起こしていきたいです。危機を感じてからでは遅いので、今からすぐにでも仕掛けていきたいと思っています。

このように、僕は社会課題を解決する製品やビジネスモデルの構築をしてきました。新しい技術を使いつつ、今よりも便利に、地球環境負荷も減らし、自国の経済を回す。これを世界中へ浸透させていきたいと考えています。

mySDG編集部:これほど水不足問題に直接的にアプローチされ、急ピッチで成果を残されている企業様は初めてです。さらに驚きなのは、その武器であるプロダクトが一見とてもシンプルな蛇口とお皿だということですね。

高野さん:蛇口とお皿には何百年間もイノベーションが起こってないんですよ。この両方にイノベーションを起こしつつ、さらに組み合わせることで社会を変えることを試みているんです。これがものづくりの会社とデザイン会社の違いです。起業してからDGTAKANOはデザイン会社として技術を集め、イノベーションを起こしました。さらに今後は、ビジネスモデルにイノベーションを起こしたいと思っています。

mySDG編集部:社会問題への取り組みでありながら、とてもワクワクとするお話でした。節水により水問題とウェルビーングが同時に良い方向へ向かう素晴らしいイノベーションだと感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。


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