にく 出題編

自分の担当する事件の捜査が一段落したので席に戻ると、隣の先輩が一枚の写真を手にうんうん唸っていた。
「どうしたんですか?不倫でも?」
「俺も女房もお前みたいに気が多くないよ。これは今俺が追ってる事件の写真だよ。……お、そうだ。今ヒマか?」
「まあ手は空いてますけど」
「じゃあ一緒に考えてくれないか?一人で考えてると手詰まってきたんだ」
先輩は有り余る実績がありながら、ずっと現場でやってたいの一念で、昇進せずに刑事を続けている。そんな先輩がわからないものを俺が解けるのだろうか?戸惑っていると、
「別にお前に解決しろって言うわけじゃないんだ。気楽に話聞いてくれるだけでもいいよ」
「あ、じゃあ……一からお願いできます?どんな事件かも知らなくて」
「おう、気になることがあったら途中でも口挟んでくれて構わんからな。まず、被害者は福島桃子。事件現場は、被害者の自宅の平和荘だ」
「あの近所の?」
「そう、あそこだよ。で、今容疑がかかっているのは、平和荘の住人二人のうちの山口勇人、香川秀昭の二人だ。あとの千葉一貴と秋田忠夫は、事件の日は旅行に行っていた。これに関してはまず容疑者の二人から聞くことができ、裏付けも取れている」
「この二人にまで絞れたのは何かあったんですか?」
「容疑のかかっている二人にアリバイが無かったことと、外部からの侵入の形跡が無かったことだ 」
「確かにそれだとその二人しか無さそうですね。アリバイが無いってことですけど、犯行時刻は?」
「鑑識によると、午前二~三時ぐらいとのことだ。全員が"自分の部屋で寝ていた"と言っている」
「まあそんな時間じゃ大体そうですよね……むしろアリバイ用意されてる方が怪しいですよ」
「確かにその方が取っ掛かりがあったかもしれないな」
「では外部からの侵入が無理ってのは?」
「平和荘に施錠がされていて、外部の人間では被害者の部屋まで行くことができなかったようなんだ」
「じゃあ窓とかはどうなんです?」
「うーん……まあお前も行ってみればわかるんだが、あの部屋、窓開けても隣の建物の壁しか無くて、入ることも出ることもできないんだよ。一応調べたが、破ったり鍵に細工をしたような形跡も無かった」
「それは無理そうですね……」
一瞬の沈黙の後、先輩が資料に目を落とす。
「殺害方法は、後ろからロープで絞殺だ。刺し傷もあったようだが、司法解剖の結果、これは死んでからつけられた傷とのことらしい。解剖した者には、絞め殺した後、念のために刺したんじゃないかと言われたよ。しかも、被害者は女性の上小柄だから……」
「そこまでの恵体じゃなくても可能な犯行ということですか」
「そういうことだな。中でも山口はかなりの小柄ではあるんだが、特に問題にはならないと思われる。それに、容疑者両者に犯行が不可能になるような故障や障害は見受けられない」
「……まあこんなんで絞りきれるならとっくに解決してますか」
「そういうことだな」
「あ!容疑者の利き手は!?」
「何か関係あるのか?」
「関係があるかはわかりませんが、右利きと左利きで絞まり方変わらないかなと思ったんですが……力の入り方とかで」
ハッとして先輩が徐にリストを見直す。
「それは考えてなかったが……いやダメだ。二人共右利きだ。面白い視点だとは思ったが」
「すみません、ダメですか……」
「構わんさ。えーと、後は……動機か」
「あるんですか?」
「容疑者両者が被害者と関係を持っていた。いわゆる痴情のもつれってやつだな。ついでに言うと、千葉とも関係を持っていたらしい」
「クズですねー被害者」
「まあそんなやつでもないと殺されもしないんだろうな」
「つまり……動機も決定打にはならないと」
「そう。二人にこれといって状況に差がないんだ。そこで、俺がさっき見てた写真、これに頼ってるというわけだ」
と言いながら一枚の写真を差し出した。

「……にく……ですか?」
僕にはそう見えた。
「うん、俺にもそう見える。一応説明しておくと、文字の成分は被害者の血液で、DNA鑑定も済んである。いわゆるダイイングメッセージってやつだろうな。長いことやってるが初めて見た」
「じゃあ僕は運が良かったんですかね」
「むしろ悪いんじゃないか?」
確かにそうかもしれない。だがそんなことはどうでもいいのだ。
「にく……ってことは肉なんですかね?meat?」
「おそらくはそういうことだとは思うが」
「この二人どちらか肉が好きとか?」
「肉ぐらい食うだろう。どちらも特にそういう極端な嗜好は無いとのことだったが」
「どちらか筋肉モリモリマッチョマンの変態だったり?」
「……そんなこともないな。変態かどうかまではわからん」
「じゃあ……額に肉って書いてたりしません?」
「そんなやついたら事件関係なく職質するわ」
「それもそうですね」
はははと笑い合う。
「とまあこんな感じで写真見てたというわけだ」
「はぁ……いやあこれじゃわからないですよ。実は”にく”じゃないとか?」
「それは考えてるが……じゃあ何なんだ?」
互いに首を傾げるしかなかった。
「ふむ。そういうことか。写真を見せてもらってもいいかな?」
後ろから声がしたので驚いて振り返ると、警部が立っていた。気付かなかったが話の途中からいたようだった。しかし何故気配を消していたのだろう。
「あ、はい!どうぞ見てください」
慌てて手渡す。
「ふむ……平和荘の住人のリストとかはあるのかな?」
「はい、ありますよ」
合わせて手渡す。
「ところで、ダイイングメッセージを証拠に告発ってできるんですか?」
「多分無理じゃないかな。これだけでってのは」
「え?じゃあこれ解いても意味ないじゃないですか」
「そんなこともないよ。これで犯人の目星をつけられれば、証拠に対する見方も変わってくるからな」
「そうかもしれませんが……」
「そろそろいいかな?ダイイングメッセージの意味がわかったよ」
「本当ですか!?」
僕と先輩の声がきれいに揃った。


1.ダイイングメッセージの意味するものは何か?
2.犯人は誰か?

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