わんわん

2~3年会っていなかった友人宅に遊びに行った時の話。
彼の家は大きいのだが、入って一直線に行けば俺の部屋に来られると聞いていたので、問題なく部屋に着くことができた。
「すまん、うちのタロウ探してくれないか?」
との第一声。
「探すのはいいけどお前はどうするんだ?」
当然である。迷子をほったからかして何をしているのだ。
「もうちょっとで済む用事があるから、それが終わったら俺も参戦するつもりだ」
「ふむ……」
タロウくんがひょっこり戻ってきた時に行き違いになると困るから誰か残っていた方がいいかと考え直し、
「わかった、じゃあ行ってくるわ。お前は残っててくれ」
「ああ。……え?」
時間が惜しい。俺は続きを聞かずに飛び出した。
僅か数分の滞在になったなと靴を履きながら呟いているのを、彼の家の犬がワン!とかわいい声で鳴いて見送ってくれた。

どうせ大して離れた場所にはいないだろうと踏んでいた。近くの公園や物陰にいれば簡単だろう。
「タロウくーん!」
大声で呼び掛けてみる。
反応は無い。
二、三度ほど呼び掛けてみたが、全く反応は無い。
これは一筋縄ではいかなさそうだ。気合いを入れ直し、遊具の中や物陰を探しはじめたが、すぐ諦めた。そもそも人っこ一人いる気配が無いのだ。
これは困ったことになったとあてもなくウロウロしていると、どうやら挙動不審になっていたのか、たまたま通りかかった警官を声をかけられた。
これ幸いと事情を説明すると、
「わかりました。手伝いましょう。とりあえず30分ほど手分けしましょう」
と助けを買って出てくれた。分かれる前に、
「家の方に残っててもらったのは良い判断だったと思いますよ」
とフォローまでしてくれた。

周辺を探したものの全く手掛かり無く、消沈して先の公園に戻ると、同じく消沈した顔の警官が立っていた。
一旦友人宅に帰って更なる情報を求めようかという結論を至ったあたりで電話がかかってきた。友人からだ。
「お前今どこにいるんだ?」
「近くの公園だけど。で、タロウくん見つかった?」
「??あぁ、見つけたよ。わんわんないてた」
「そりゃそうだろう。寂しかっただろうに。とにかくお前んち行くわ」
「?おう、すまんな」
手伝ってくれた警官と彼の家へ向かった

戻ると友人は意外そうな顔をした。それはそうだろう、警官と連れ立っているのだから。
「何でそんな大事になってんの?」
子供の失踪に何たる言い種か。腹を立てたが、
「困っていた様子だったので私から声をかけて手伝っただけですよ」
警官が事も無げに言う。当初の様子は不審者に対する職質のそれだったと言おうとしたがやめておいた。
「それは申し訳ない。ほら、タロウ、挨拶しなさい」
すると友人の後ろから犬が出てきた。俺はそれを胸に抱える。よく見ると出かけに見た犬だ。
「わんわん!」
……全てのピースがはまった音がした。確信を持って質問をする。
「この犬の名前は?」
「タロウだよ。呼んだじゃないか」
「わんわんないてたってのは?」
「かわいいだろ?」
友人にタロウを投げつけようとするのを警官は止めようとしなかった。