トリックの動機

以前私はどこかで「推理小説に動機は必要なのか?」みたいなことを言いました。
実際問題として動機なき犯行などほぼなく、動機があることでストーリーは始まる……と考えると必要でないわけはありません。ですが、「誰がどうやって犯行を行ったか?」のみに絞って考えると、動機はあくまでフレーバーになってしまうんですよね。

というようなことを書いて後、私の思考も少しは成長したようです。一つの疑問が浮かびました。それは、動機は犯行を行うことにのみ関わってくるのか?と。もう少しちゃんとお話しすると、"犯行の動機"だけでなく、"トリックが使われた動機"ってのもあるのではないか?と思うに至りました。

トリックというのは、そもそも犯行には不必要な存在であることの方が多いものです。ただ殺すだけならいつだってどこでだって刺せばいいですし、毒飲ませてしまえばいいわけです。それをせずにトリックを挟むのは、そうすることで犯人が得をすることを目指しているからです。ここに嘘はつけないのではなかろうかと。犯人自身が損するためのトリックなんて意味がわからないですからね。
つまり、トリックが用いられていれば、犯人は何かしら得をしていなければならないことになりますし(という目論見のはずが結果損をしてるというのはあり得ますが)、推理する側の立場で考えれば、犯人はトリックが用いられたことで得をした人物、と考えることができるでしょう。

多少メタ読みが入ったり、フレーバーな要素は含まれてしまいますが、これなら、動機を推理する要素として積極的に考えることもできるのではないでしょうか?

ミステリ解説集

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