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彼女の「アバズレ」以外の側面 -福井夏ちゃん- <後編>

劇が終わった後の交流タイムの時、夏ちゃんを探すと、知り合いらしき年長者の男性と喋っているのが見えた。いつ会話が途切れるか分からないし、差し入れの中に簡単なメッセージカードも入れておいたからいいか…と思い、私はさらっと帰った。視界の端で捉えた彼女の顔は、圧倒的な笑顔だった。
ツイッターやnoteでは味方がいないとか言っている割に、劇を終えた後の彼女は屈託なく人と接しているように感じた。

彼女の人生には、SNS越しに伝わってくる殺伐とした時間だけでなく、やりたいことに本気で取り組んで自然と笑顔が出るような時間もあるんだなーと分かって嬉しかった。
今回の公演のはほとんどのシーンが声やリズム感で魅せる演出だったので、もっと表情や身体を使っているところも見たくなった。

MOTTAINAI

短い時間ではあるものの、実際に夏ちゃんと会い、劇を見、改めてSNS上の彼女を見ると、もったいない、という気持ちが湧いてくる。
選考委員もウォッチャーも、スケジュール的にも地理的にも限界があるため、何かに本気で打ち込んでいる姿を実際に見るよりSNSでの印象で人間性を判断することになりがちだ。
尖っているところだけでなく、高田馬場のスタジオにいたものすごくいい表情の彼女も、もう少し見えるようにならないかなーと思う。

SNS上の彼女を見て残念に感じる点は2つある。
必要以上に敵を増やしているように見えるところと、演劇の話が少なすぎるところ。

「ミスiD2019セミファイナリストの部屋」新名称

敵を増やしている、と一番感じたのは、8月上旬のnoteにあった、「ミスiD2019セミファイナリストの部屋」の感想を読んだ時だ。

これからミスiD2019のこと、「まだ舐めたくて学園」ってよぶことにしよ。(陰で)
ちなみにまだ舐めたくて学園は、渋谷かどっかにあるヘルス店だって。スカウトマンがおしえてくれたの。略称は「まだ舐め」。

ミスiDのイベントを風俗店(しかも安そうな)に例えるという感覚に、強烈な不安を覚えた。

少なくともアイドルをやっている/志している子たちは、こういうイベントを、単に客の性的な欲求を処理する場ではなくて、コミュニケーションを通じて相手の心を豊かにする場として理解し、良い空間にできるよう頑張っていると思う。相手の投げたものをただ受けてあげるのではなくて、自分から何かを発信して、受け止めてもらうことも目指している。
もちろんこの理想は客/オタクの態度や行動、運営の方針などによってただの建前になってしまうことがあるにしても、自分は人の心を豊かにする存在として必要とされていると信じられなくなったら、彼女たちはとてもやっていられないのではないか(もちろんアイドル哲学には個人差があるだろうけど…)。
こういう子たちにとって、「まだ舐め」発言は、イラッとするものだったのでは…と想像した。

(もちろん、客として来てる人の中にも、意識の高い人は一定の数いるはずで、そういう人にとっても風俗の客呼ばわりされるのは嫌だろうと思う…でもこの時はハイタッチ会であからさまに態度を変える人がいたということなので、意識の高いお客さんがいるという実感は持てなかったということですよね…難しい。)

後日、これ以降にアップされたnoteを見て、彼女には自分の居場所に親しみを込めて下ネタ系の名前を付ける謎の癖があり、「まだ舐め」にはイベントを馬鹿にする意図はなかったらしいと分かった。

わたし、なかよしグループみたいなのができるとすぐチーム名付けちゃうっていうキモ中学生みたいな性癖があるんですが、今属してるチームは「卑猥な宴」「淫乱インドカレー」「絶倫☆ハイウェイ」です

しかし、悪気はないとしても、アイドル&オタク率の高いミスiDのイベントに対してもこれをやってしまうところが、怖い。
恨みを買ってでも自分らしさを思いっきり出す! という覚悟があるなら止めないが…心配だ。

福井夏ー演劇=?

そして、ツイッターやnoteを見ていて、劇の話をもっと入れてもいいのでは、と思う。しあわせ学級崩壊を見てから、さらに思った。
嫌いな女&好きな男の話や下ネタに対して、劇への思いを書いたものが少ない気がする。
(吉田豪がアバズレ以外のところに興味を持ってくれないと嘆いていたけど、そもそも自分が劇の話を発信してこなかったからでは…?)

劇ネタの少なさは、「頑張ってるアピールをするのは格好悪い」という彼女の美意識から来ているように思う。
でも、演劇への愛のない福井夏は、もう福井夏ではない気がする。
確かにミスiDは「演劇頑張ってます! 応援宜しくお願いします!」という凡庸なアピールで賞を獲るのは難しいコンテストかもしれない。
でもそういうミスiD基準を意識しすぎて、自分が持っているミスiDで受けそうな部分だけを強調したら、自分本来の姿を見せることから遠ざかってゆくのではないか。

大きめの劇団に所属しているのに、別の劇団にも入って、運営的な仕事まで自分でやっているというのは、演劇を愛していなければできないと思う。惰性で劇やってますみたいな態度の人がいられる空間には見えなかった。

現状だと「やる気がなくて劇団をクビになりそうなアバズレ」みたいに見ている人もいそうで、なんか悲しい。
劇が終わった後の表情は、何となくやっている人のものではなかった。
もう少し、舞台女優を志した理由とか、劇団に入って学んだこととかを、実際に劇を見に来られない選考委員とかウォッチャーに対して見せてもいいのではないだろうか。

出会い厨だった過去や周囲の人への愛憎の激しさと、演劇への真面目さが変な風に混ざっているというのは、むしろ希少だし面白いのではないかと思う。
それに、選考委員の中に、地道な努力を馬鹿にする人はいないはずだ。


【しあわせ学級崩壊「ロミオとジュリエット」】 \ 来週まで /

・高田馬場 SOUND STUDIO NOAH
9/21(金) ※9/22(土)の回は完売(9/18現在)

・渋谷 SARAVAH東京
9/28(金)

残席情報:https://twitter.com/ha_ppy_cla_ss

※しあわせ学級崩壊は、名前とは裏腹に、運営がものすごくしっかりしていた。公演前日にはメールで開場までの道順や諸注意などの丁寧な案内が届き、公演終了後はすぐにメールでのアンケートフォームが送られてくるという…全然崩壊してない。組織としては私が昔勤めてたブラック企業よりよっぽどしっかりしてるじゃないか!! と思った。

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