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「老人ホーム」とは違う。未届け施設ってなんだ?

 こんにちは。松岡 実です。
昨今、無届け施設、無認可施設ともいわれる未届け施設のネガティブなニュースが目につきます。
最近は何かよくわからなくなるほど多種多様に介護サービスが入り乱れていますが、そもそも老人ホームと未届け施設との違いは見分けにくいし、メディアで「悪い面」が報じられているのにどうして無くならないのかをまとめてみました。

未届け施設は昨年6月末時点で発覚しているものだけで全国に1046施設あります。
参考:無届け老人ホーム、全国に1046施設 朝日新聞DIGITAL
それでは順番に。


①老人ホームの概要

 老人ホームは公的施設か否かに二分されます。
公的施設の代表格は通称「特別養護老人ホーム(以下、特養)」と呼ばれる介護老人福祉施設です。この特養については別の機会に掘り下げますが、原則として終身に渡って介護が受けられる施設です。ちなみに「養護老人ホーム」という公的施設は収入がなくて窮乏している高齢者、身寄りがないといった困難を抱えている高齢者をサポートする施設のため、介護が必要な状態の方も入居しているという実状はあるものの介護施設ではありません。
 特養は有料老人ホームにつきものの入居一時金を支払う必要がない点が人気の理由です。また月額使用料は収入を基準に決定されるため、低収入の方でも利用することができます。なぜ特養以外の老人ホームが存在するかというと、特養には以下の入居条件があります。

①65歳以上で要介護3以上の高齢者
②40歳~64歳で特定疾病が認められた要介護3以上の方
③特例により入居が認められた要介護1~2の方

つまり、重症化して要介護認定の段階が要介護3以上にならないと入居できません。原則は申し込んだ順に入居が決まるのですが、緊急性が高いと認められた方という表現を使って要介護認定の段階が高い重症者を優先的に入居させていくので、入居までに数年~10年ほど要する方もいます。これにより特養には約30万人の待機者がいます(平成29年3月7日発行の厚労省プレスリリースより)。この待機者の中には自宅での生活が困難な方も数多くいるため、その受け皿として公的施設以外の高齢者の住まいが必要になります。
 そこで現実的な住み替え先となってくるのが、有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)です。これらの運営は事業者の裁量に委ねられており、料金や提供されるサービスも多種多様です。それによって有料老人ホームかサ高住か、「見分けのつかない物件」も数多くあり、そのようなものの中にも未届け施設は存在します。その一因は、趣旨や目的の異なる法律が複雑に絡み、重なり合うことにあります。

②どうして未届け施設が生まれるのか

 監督官庁の基準の一部をまとめてみました。

【有料老人ホーム】
▼根拠法
 老人福祉法29条・(介護保険法)
▼監督官庁
 厚生労働省
▼設備等
 居室13㎡以上(原則個室)
 食堂、浴室、トイレ、洗面設備
 談話室、汚物処理室
 機能訓練室、健康施設など

【サービス付き高齢者向け住宅】
▼根拠法
 高齢者住まい法
▼監督官庁
 厚生労働省・国土交通省共管
▼設備等
 居室は原則25㎡以上(一定の条件を満たすと18㎡以上も可)
 台所、浴室、洗面設備、収納など
 バリアフリー構造(廊下幅・段差解消・手すり設置)

 高齢の入居者に、食事、介護、家事、健康管理のうちいずれかのサービスを提供する住まいを有料老人ホームといいます。老人福祉法29条に規定されていますが、一律の規制にはなじまぬとの趣旨から、設置に際しての都道府県知事等への事前届出義務のほか、帳簿の作成・保全、契約内容等に係わる最小限の規制にとどまっています。
しかし、許可や認可と異なり届出制度に過ぎないため、都道府県等は届出の受理を拒否できません。したがって、一定の水準に達しないホームも一部存在します。しかし、届出は受理されますが、受理された後、立ち入り調査等により繰り返し指導されたことが改善できなければ、悪質な事業を行っていると判断され、事業の制限又は停止を命じられる恐れがあります。届出を行わないのは、事業の制限又は停止を恐れているためで、当然の心理だと思います。
なお、届出とは別に介護保険法に基づく一定の基準(建物と人員配置)を満たし、都道府県知事等から「特定施設入居者生活介護」の指定を受けたホームのみが”介護付き”と表示することが認められ、「介護付き有料老人ホーム」となります。

 サ高住は届出が義務づけられる有料ホームとは異なり、あくまでも任意の情報登録制度です。登録には国が定める一定の基準を満たさなければなりません。この基準は設備等に記したハード面が中心で、必須サービスは状況把握と生活相談のみです。ただし、老人福祉法の特例により、有料老人ホームに該当するサービス(食事、介護、家事、健康管理)を提供するサ高住は、有料老人ホームとみなされるので有料老人ホームの届出が必要になります。
また、各自治体は一定の質の確保に向けて、有料老人ホームの設置運営の指導指針(ガイドライン)を策定し、その基準に基づき事業者の指導・監督を行っています。

つまり、上記の基準やガイドラインを満たさず有料老人ホームに該当するサービス(食事、介護、家事、健康管理)を提供する建物が未届け施設となります。老人ホームなどの高齢者の住まいは新築のみならず、社員寮やマンション、寄宿舎などをリノベーションした物件も多くありますが、新築、リノベーション問わず、基準に適合させるにはそれなりのコストが必要になります。特にリノベーション物件では、安い料金で高齢者を受け入れるためには施設の改修に費用はかけられません。

③未届け施設が問題視される理由

 先に挙げたように、多くの未届け施設では国が求める老人ホームの基準を満たしていません。バリアフリーではないため転倒などの事故リスクが高い、個室ではなく病院のような多床室(相部屋)、入居者の平均介護度が高い(寝たきりなどの重症者比率が高い)のにスプリンクラーを設置していない点などが多く見受けられます。また、届け出をしている一般的な老人ホームで集団感染が起きた場合施設は保健所に報告したうえで衛生上の指導を受け、感染を食い止めることができますが、未届け施設は報告の義務もないとして隠蔽したり、事態が公にされない事があります。
つまり、高齢者の集合住宅は様々なリスクを伴うため、監督官庁を含めた必要なところに情報を提出し、指導を仰ぐ必要性があるにもかかわらず、基準に満たないから届けなくてもいいという運営体制に問題があるのです。

 問題は入居者の安全だけにとどまりません。未届け施設は介護報酬を支払う保険者(自治体)の財政に大きな負担が生じます。
特養などの公的施設や介護付き有料老人ホームを始めとした特定施設、補助金・税制優遇等の支援制度のあるサ高住は、自治体が総量規制を設けて財政負担をコントロールしています。
さらに特養や有料老人ホーム、および有料老人ホームに該当するサービス(食事、介護、家事、健康管理)を提供するサ高住は住所地特例という制度の対象となります。住所地特例とは、住所地以外の市町村に所在する施設等に入所・入居し、施設等の所在する市町村に住民票を移動すると、住所を移す前の市町村が引き続き保険者となる制度です。これは施設等を多く抱える市町村へ他の市町村から高齢者が流入すると、施設等を抱える市町村の負担が税収以上に発生して財政を圧迫するのを防ぎ、負担が過大にならないようにするためです。国民健康保険・介護保険・後期高齢者医療制度に設けられています。
ところが未届け施設は住所地特例の対象ではないため、安価な未届け施設に他の市町村から高齢者が転居してくると、未届け施設の所在する市町村に過度な負担が発生します。この問題で北海道旭川市は年間3億円以上余分な介護報酬を給付する状況が発生し、市民が収める保険料が上昇するという負の連鎖が生じました。
参考:介護保険3億円以上余分な給付 地団駄踏む旭川市 月間北海道経済

④未届け施設が無くならないのはなぜ?

 未届け施設も介護事業者のため、収益源は介護報酬です。月額料金で収益を上げなくても要介護認定の段階が高い重症者を受け入れてサービスを提供すれば売上が上がります。
未届け施設が全て生活保護受給者を対象とした貧困ビジネスに見られがちですが、生活保護の受給資格を得るための「最低生活費」より年金収入が多く、生活保護を受給できない低額所得者は山のようにいます。
参考:年金13万円、生活苦に悩む高齢者たちの実情 東洋経済オンライン
そのような生活保護支給基準に満たない低額所得者が、毎月支払い可能な費用内に収まるよう減額し、社会の受け皿となっている未届け施設が数多く存在ます。実際の方法を示します。

 認知症の78歳、要介護4、介護保険の自己負担割合は1割、全く資産のないAさんを例にします。
Aさんが1ヶ月の介護保険支給限度額上限まで訪問介護サービスを利用した場合、約3万円の自己負担が発生します。後期高齢者のため医療費の自己負担は1割ですが、現在の身体状況では自力で外来を受診するのは困難なため、訪問診療で毎月7千程度の医療費を支払っています。紙パンツやおしり拭きを使用するため、これにも毎月5千円程度の支払っています。
Aさんの年金受給額はひと月あたり15万円で資産はありません。
独居生活をしていたAさんは認知症が進行して近隣トラブルが頻回に起こすようになり、離れて暮らす家族に大家さんからクレームが入りました。
家族が調べたところ、住んでいる地域で最もリーズナブルな老人ホームの月額料金は食費込みで12万円。さらに実費負担となる居室の光熱費が約6千円、日用消耗品に5千円程度必要でした。

【Aさん】
  30,000円:介護保険自己負担
    7,000円:医療保険自己負担
    5,000円:紙パンツなど
120,000円:老人ホーム月額料金
    6,000円:居室の光熱費
    5,000円:日用消耗品など

総支払額:173,000円


総支払額は年金受給額を23,000円も超過します。家族はAさんと同居生活が困難なため、Aさんを老人ホームに入居させようと市役所の生活福祉課へ相談に行きましたが、Aさんの住む市町村が定める月あたりの最低生活費の基準額:11万8千円以上の年金を受給しているために取り合ってもらえません。
ところが、家族が老人ホームポータルサイトで見つけた月額料金が食費込み9万円の未届け施設では、Aさんは年金の範囲内で生活を送ることが可能になるのです。

 一部の未届け施設では、介護報酬が多く見込める入居者には月額料金を値下げし、年金の範囲内で生活できるように調整することもあります。要介護1の方が支給限度額まで訪問介護サービスを利用しても事業所の介護報酬は約17万円です。Aさんが介護保険の支給限度額まで介護サービスが必要な状態の場合、事業所が得る介護報酬は約30万円となります。たとえAさんのために月額料金を5万円減額したとしても、差し引き25万円の収益となり、先に挙げた減額の必要のない要介護1の高齢者が入居するより利益は上がるのです。
先進的な質の高い介護サービスを提供する事業所、使命を持ってやっている小規模な無届け施設も数多くあります。一般的な有料老人ホームでは受け入れてもらえない若年の障がい者の介護に注力する施設や、自治体の方針で有料老人ホームに該当するサ高住には生活保護受給者の入居を認めない地域で運営する施設など、最後の砦として存在する未届け施設を全て否定することができないのが現状です。

 そもそも家庭で行ってきた介護を、国がガイドラインを作って「介護事業」にした途端、特養という公的施設は大規模な宿泊施設にしなくては「運営できない」状況となりました。かつての非難の的となった郵政や年金運用で作った箱物施設の再現です。
約30万人もの待機者を発生させてしまっている一因は特養の莫大な建築コストです。現在のシステムに代わる、小規模で基準を緩和した高齢者の住まいに向けた新たな制度が必要ということを未届け施設が証明しています。

投げ銭大歓迎です!