見出し画像

サウナのあるところ

寒い土地は、空気が重たい。そして、土があたたかい。乾燥した草と風の音。針葉樹の匂い。街のひかり。
サウナのやわらかい熱。水をかける音、蒸発する音。薪が爆ぜ、石が鳴る。
きっと古い木の匂いが満ちて、やさしい熱が身体を包んでいる。
小さな劇場のスクリーンに感覚がずぶずぶと沈んで境界がなくなっていく。空気感、色、音、匂い。その描写が素晴らしい。
ずぶずぶと沈んでいくとき、わたしははじめて映画を観ることができる。

映画『サウナのあるところ』を観た。

わたしは映画に詳しくはないし、ただ見たものをそのまま受け取ることしかできないけれど、久しぶりに引き込まれて気持ちのいい映画だった。まだ余韻が残る。
そしてサウナについても、少しだけ考えるきっかけになった。

サウナは人生とともにあり、人生はサウナとともにある。

そうありたい、そうであってほしい、と思っていたことを目の当たりにして、感動とか悲しみとかそういうのじゃない、衝動があふれた。興奮と衝動の涙。
生活のなかにあるサウナ、文化としてのサウナ。ただそこにあり、人生に寄り添う。

男たちが、サウナで悩みや苦しみ、思い出、希望、絶望、愛、生と死、そして人生を淡々と語る。

サウナはただそこにあり、寄り添っていた。愛を育むとき、愛を知るとき、深いかなしみに沈むとき、苦しいとき、サウナは何かしてくれるわけではないけれど、人生と共にあった。

TwitterでSauna Camp.の大西君が、活動の目標は「(サウナを)ブームではなく文化として根付かせること」と言っていた。

文化のあり方はそのところによって違っていて、日本で全く同じかたちになるとは限らない。きっとその風土、国民性やらなにやら(難しいことはわからないけど)に合ったかたちがあるはずで、フィンランドと日本のそれは全然違うものかもしれない。
人々の人生に寄り添い、ともにあること。
それが文化なんじゃないかなあ。

サウナを作るのは人間だけど、生き物が環境にあわせて進化していくみたいに、サウナも進化する。変わっていく。ただそれを作るのが人間だから、迷ったり、反発されたり、なんやらかんやらあったりもするけど。そしてそれはサウナに限った話ではないけれど。

どんなかたちであれ、わたしはこれからもサウナを愛し、サウナとともにありたいと思うのでした。


7

今日の子

なにものでもない サウナが好き
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。