デザイナーが、デザイナーに絶望しませんように。

「こんなところのデザイナーなんて、やめといた方がいいよ」

入社初日にそう言った上長はだいぶ疲れた表情をしていたので、偶然変なタイミングで話しかけてしまっただけと思わなくもないけど。この言葉をどうとらえたらいいか分からなかったのを今でも覚えています。

「こんなところ」「デザイナーなんて」。謙遜か、別な何かか。その上長に限らず、インターンやバイト、今お世話になっている会社……組織や企業と呼ばれるところで出会ったデザイナーがそう呟く瞬間に出会っては、なんとも言えない気持ちになりました。

もちろん何を基準に考えるかで物事の善し悪しは変わると思います。私は事業であれプロダクトであれデザインが何かしらの形でそこに求められていて、仲間の一員としてデザイナーが組織や企業に存在しているだけで一定のモチベーションが保てる方でした。

とはいえ自分の立場はまだまだひよっこで「業務には入ってるけどバイトとかインターンの人」だったので、価値観も長くいる人や上の人と違うでしょう。相手に一線引かれてるのを感じる瞬間も少なからずあった(越えられなかった……)し、遠回しにお前要らないよってだけの話だったのかもしれないです。

ただ、ポートフォリオや作品を見て面接で楽しそうに話していた相手と同じ人、実務やお手伝いで充実したフィードバックや議論を交わせたデザイナーが何気ない瞬間に絶望感のある空気を見せるたび、会社の良し悪しとかデザイナーの役割がどうとかを超えた、もっと本質的な部分で自分自身も絶望した気がしました。

「こういうところ」にはどんな意味があったのか。ヒトモノカネの話でしょうか。その時々の組織やチームの考え方、時代性、環境などが自分の求めるものと合うかは運もあると思います。ただ「こんな」の根底には、デザイナーの仕事やデザインそのものに対する価値観や違和感、ごちゃごちゃしたぶつけどころのないモヤモヤがあったのかなあと、今ほど言葉にできてない状態ながら当時もなんとなく考えていました。

変化の早すぎる世の中でデザインの意味や役割は日々変わっていくのに、デザイナーがふとした瞬間に感じる絶望感みたいなものは未だいたるところにこびりついて残っているとしたら。デザインはただ何かを作るだけの存在ではないとわかっていても、デザインがデザインになるまでの価値や投資のすり合わせを議論できる余地がないとしたら。デザイナーの多くはまたデザイナーに絶望してしまうのか。「デザイナーなんて」と口にする人も減らないのか。

最近デザインやデザイナーについて、自分と世の中との価値観のギャップがちょっとだけ整理出来つつあり、当時言葉にできなかったモヤモヤの一つは「デザイナーがデザイナーに絶望して欲しくない」というわがままだったのかもしれないと気付きました。

私は仕事として、磨きたいスキルとして「デザイン」に関わりたいと思っていますが、本質的な野心の先にあるのはクリエイティブやデザインの価値自体に向き合い、あわよくば新しい見方や考え方の作る立場なのだと思います。もちろん世界は厳しいし、甘くないけど。良い波や追い風にすら気づかず、泣き寝入りする時間に閉じ込められているクリエイターが世界にたくさんいるとすれば、何かできないか、作れる価値は何か、つい探そうとする。「仕事は手段」とよく言うけど、私は楽しいモノづくりだけでは無く、生きる術、世の中とのつながりとしてデザインにかかわる全ての当事者になりたいのでしょう。それは場合によってはデザイナーの仕事ではなく経営者やマネージャー、あるいはもっと知らない別の名前を持つ人の仕事なのかもしれません。でも、自分の中で一番可能性を信じられるのは、やはりデザイナーなのです(わがまま……)。

最近就活がらみでいくつかの会社に話を聞きに行ったのですが、不思議と気になるのは事業や業務の話よりもデザイナーがデザイナーに希望を持てているかの部分になっていて。言葉選びがあまり上手くないので哲学っぽい発言をしては企業の方に「そんなん考えたこともなかったよ……」と引かれています(すみません)。

就活初心者の頃は自分の中でデザインについて本質的に意見を聞きたい部分を(あまりに宇宙規模なので)隠していたけど、最近は引かれてもいいから聞いてみようと思ったり思わなかったり。ただ返ってくる答えの数は少なく、どちらかといえば面倒なやつとみられて気まずい空気で終わってしまいます(すみません)。

求人票やデザイン職の募集要項だけ見てもなかなか会社や社会にあるデザインの価値は見えてこないし、デザインの価値やデザイナーの未来が少しでも信じられるデザイナーになるにはどうすべきか、日々模索しては挫けてますが。何気ない会話で「デザインでそれをもっと大事にしたいよね」「デザインの本質的なところ、もっと共有したいよね」と、比較的学問ちっくな私の話に笑顔になったデザイナーが現実に戻って元気をなくしたような表情になるのはもうあまり見たくないのが本音です。

全く同じ人間なんていないので社会には理不尽も不条理も存在自体は当たり前だし、ただわかってくれなんて叫ぶのはわがまま。せめて少しだけでもお互いの価値や可能性を作れる世界がデザインできれば「こんなところ」「デザイナーなんて」も変わるんじゃないかと思える今、自分にできることを探す。それが多分、デザインを軸に就活をする理由なんだと思います。

正直、デザインと全く別のところでも色々爆弾を抱えてる人間なので、就活自体が恐ろしい感覚も十二分にあります(泣きながらエントリーシートを書いたり、自分について根掘り葉掘り聞かれて得体の知れない虚無と希死念慮に追われる日もたくさんある)。お世話になったメンターさんや先輩方に言われた「あなたの捉えているデザインの軸は奥が深すぎてあまり社会に向いていないし、どの立場から見ても生かしたいけど生かせなくて困らせるものになりそう」という話には不甲斐なさを感じてなりません。

でも一人でできることなんて限られているし、正直具体的な場所や方法もあまり見えてる訳ではないけど。もしデザイナーに絶望するデザイナーが今日もどこかにいるのなら、その人が絶望しないためにできうるアクションや仲間を自分なりに探したいです。

ここまでくると仕事や就活に直接関わる悩みやデザイナーの概念そのものが拡張して自分の未来像はますます不透明だけど、デザインの価値につながること、いつか、何かの形でと思います。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

noteを読んでいただきありがとうございます。サポートは自分とデザインへの投資に充てたいと思います。

「スキ」ありがとうございます!今日のラッキーブルーは…浅葱(あさぎ)!
20

n300

〇〇デザインとデザイン〇〇をキーワードに、デザイナーとデザイン学者の間くらいを彷徨っているひと。色彩、基礎造形、グラフィック、エディトリアル、インタフェース周りが興味・制作対象。広報、体験ドリブンまわりの事例も勉強中。お金で買えないバリューのデザインが最近の問い。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。