見出し画像

ジキルとハイドのメモ帳

Oさんを僕は尊敬していた。
Oさんは広告代理店の営業。
仕事はどんな些細な事柄でも手を抜く事なく丁寧に組み上げていく。また時には大胆に大きな事もやってのけていた。
彼は仕事をうまくやるコツは「メモ」だと話してくれた。それだけメモ魔だった。スケジュールはもちろん、思いついた事、感じた事はすべて一冊のメモ帳に集約されていた。あのベストセラー『メモの魔力』の著者が彼ではないのが不思議なくらいだ。

ここまでは彼の昼の顔である。
彼は夜になると正反対の顔を見せる。酒乱だった。
よく接待に行っては、クライアントに抱えられタクシーに乗せてもらっていた。僕も良く酒の席にご一緒させていただいた。ご一緒と言うか、半ば強制的に連れていかれた。夕方になると僕のデスクに来て「ナカムラさんどう?今夜は?」とヘラヘラし、僕が「ハイ」と言うまで僕の周りをウロウロするのだ。
で、いざ飲みにいくと酒が入る前からボケ倒す。僕が仕方なく突っ込むと本当に嬉しそうに笑った。
僕もそれが嬉しくてツッコミまくるのだ。しかし、彼は酒が入るほどに度を越してしまう。外人を見るともれなく絡んだ。遥か上を見上げるほど身長差のある白人に、「戦争では負けたかも知れないが、今なら負けねーぞ!やるか!」とケンカを売る。アレは一世一代のボケだったのか未だにわからない。そんな大暴れする彼は朝になると記憶喪失なの?と疑いたくなるほど冒頭のマジメな営業マンに戻る。
でも僕としては、夜の失礼なツッコミの数々も忘れ去ってくれているのでありがたかった。

そんな彼がいつもの神経質な顔をさらに神経質にし僕のデスクにやってきた。何か問題でも発生したのか?と僕は覚悟をしていた。
すると彼は僕にメモ帳を差し出し「ナカムラさん、何にも覚えてないんだけど、昨日何かあった?」と聞いてくる。
メモにはハッキリと『ナカムラ殺す』と書いてあった。


サポートいただけたら なによりワシのココロが喜びます。ニンマリします。 何卒よろしくお願いします。