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引いて駄目なら押してみな(缶切りと左利きの話)

こんにちは。
いかがお過ごしですか?
とても古びた、我が家の缶切りの写真を撮ってみました。
お見苦しくてすみません。

私が生きてきた中で、何十年かに数回左利きブーム(?)というか
何故かしらちょっと左利きにスポットが当たっている感を感じる周期がくるように思う。
それは限定的なブームであったり、ただ自分の生きている年齢において向けられる関心であったり。
その影響を受けるマイブーム的だったりするのだけれど。

その度に、
ちょっと左利きについて調べてみる。
「うん。」と思ったり
「そう!」と思ったり
「へぇ〜」って知ったり
「??」って感じたり
する。
で、すぐ飽きる。徹底的に調べたり、考えてみたことはない。
調べたことはほとんど、すぐ忘れている。

私は左利きだ。


「多様性」

本当によく耳にする言葉になった。
概念はそれはもう古くからありますが
なんとなく日本でといか、
私の周囲で
「会社がさ、「ダイバーシティ」とかなんとかやたらと言い出してさ」と耳にする様になったのが肌感覚で10年位か?(なかなか社会には疎い世界で生きてます)な気がしています。
ダイバーシティ、、、はぁ
またカタカナかぁ。。(お台場再開発都市計画が?!なんならその方がしっくりくるよ!)
と感じたものですが、最近は「多様性」という文字の方が目や耳にすることが圧倒的に増えているなぁ。
という印象です。

で、
ん?って思いました。
もしかしたら
コレ久しぶりに「マイ人生左利きブーム」きてる??

本屋の新書コーナーを久しぶりに覗く。
でたーー
「左利き関係本平積み案件」
(感当たり)
わたくし、久しぶりに
自分が左利きであることを思い出しました。


いやいや
だからって今ここで話をあちらこちらに広げたいっていうことでは
決してないのです。
思い出した!「缶切り!」にまつわるエトセトラ!みたいな感じです。

子どもの頃、一番多く開けたカンはなんだったかなぁ。。
ツナ缶かな?
嬉しかったのは、みかん缶
今でも好き。
スペシャルだったのは、、みつ豆缶!

表を缶切りで開けて中身を出して→裏に返して、これまた缶切りで穴を2つ開け蜜を入れる。
と、いう手順だったと記憶している。
(くーーっ。ノスタルジック)

缶切りを使って缶を開けるのが大好きだった!!
缶を開けるのはいつのまにか子どもの私の役割になった。
「危ないから気をつけて」と言われながら
缶切りで開いたギザギザの蓋のビジュアルも好きだった。

改めて近所のスーパーで確認してみた。
缶切りを使って開ける必要のある缶詰はそのスーパーの棚を見渡す限りではもはや無くなっていた。
今はプルトップ式です。
(知ってるよ。というか缶切り使えないお若い世代の方が多いんだよ!笑)

実は初めて缶切りを持たせてもらった時
缶切りを教えてもらった通りに動かしてもどうしても使いこなせなかった。
母がなん度も教えてくれた
「手前に引くのよ」
見せてくれる
「ほら、手前に引くのよ」
途中までやってくれる
「ほら、こうやって、ここから、手前に引くだけ」

できない。
悔しい。
結局、母が最後まで開けてしまう。

不機嫌顔
納得がいかない

最初から
もう一度やらせてくれとせがんだろうか?

次は、とにかく触らせなかった
どのくらいの格闘したんだっけかな。
「プスっ」と音がした。
ぐんぐん缶切りが前に進むとともに
ギザギザがついて缶が開いた。
嬉しかった
とても嬉しかった。
(なんだ、押すんじゃん)

缶を開けることを私はとても好きになった。

プルトップ式の缶詰を初めて使い開けた時
「おー!画期的!進化!!」
と嬉しかった。
缶詰めはどんどんプルトップ式になった。

随分古びた缶切りだな
と思う。
新しいステンレス製の缶切りが欲しいなぁと思っているあっという間に日本のスーパーの棚はプルトップ式が多くを締めるようなった。
でもどこかで旧式の缶詰に会うかもしれないので写真の古びた缶切りを残している。


よくある
「押してだめなら引いてみな」の話である。
私にとっては
「引いてだめなら押してみな」の実体験である。

久しぶりに
自分が左利きであることを思い出して
観察している。

色々なことに気づく
色々な統計が増えている
色々な研究もされている
改めて歴史を振り返る。世論の移りを振り返る。
「ほー」「へー」と思う。

しばらくマイブームは続きそうだ。

でもきっと、新たに著書やネットなどで知った事実などは、またいつか忘れてしまうだろう。

私にとっての切実事実、経験は
引いてダメだったけれど押したらなんくるなかった普通の左利きあるあるだからだ。

左は私の普通だから。
私は普通の左利きだ。

本屋に平積みされていた本;
「左利きの言い訳(右利きと左利きが共感する社会へ)」大路直哉 著
(PHP新書)

左利きの道具が増えていることは知っていた。左利き専門の物がネットで探せば割と楽に見つかることも。
この本の中で、確かに

「左ききの道具店」

が日本にも存在していることを確認できた。


ユニバーサルであることはとても美しいと思う。
けれどもそれとは別に、一定数あるいは特定の誰かの為に作られたモノはとても嬉しい。

そこに商業的にはあまり成り立たないと思われる作り手の思いが届くからかもしれない。
非接触、効率化が進む中で接触して分かる相手の不自由さを大切にしたい。

私自身はというとすっかり左利きに慣れてしまい何が不便かさえほとんど分からなくなってきている。


ここ数日「左ききの道具店」の道具達をネットで眺め、楽しませて頂いていることを告白する。
「缶切り、、手前に引いてみるってどんな感じかな」「引いてみたい気もするな」と想像する。
もはや、缶切り自体が世の中に大分必要のない物になっているのだけれど。



#多様性


たかが左利き
でもそれでさえ分らないことだらけだ。







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