公共交通オープンデータ政策についての備忘メモ~データ提供の「有償」問題の解決と競争的MaaS環境の整備のために~

(古いアカウントで最初に記事投稿してしまったため、コピペして記事を移行したものです。)

【公共交通オープンデータのふたつの課題:中央と末端】

公共交通オープンデータの課題は大きく分けると、
1.小さなとりこぼし(地方・中小事業者)にどう広げていくか
2.都市部・大規模全国事業者の幹線交通が有償で提供されていてオープンデータになっていないのをどうするか
のふたつの課題があると思います。

前者1.については、いろいろなひとがいろいろなアイデアを出していますし、当県・山形県も含め、自治体でもいろいろ考えて取り組まれていて、個人的にはあまり心配していません。

というか、良いことなのか悪いことなのか、地方部中小交通事業者というのは非常に厳しい経営環境にあり、自治体運営の廃止代替交通にどんどん置き換わっています(置き換わらずに廃線するところも多いですが…)。自治体運営交通は、ある意味で理屈さえ付けば投資は可能なので、オープンデータ化も、最後は国からきちんと方針示して財源手当して「やってね」で済みます。なので、国の腰さえ定まれば早晩オープンデータ化は完了すると思っています。(その国の側にいる意識があるので自分事と捉えてさらっと話してますが、もちろんこれはこれで大変ですが。)

ですので、後者2.の方がより放置しては問題だな、と思っています。
鉄道の有償データ提供とはどういうことかというと、まずJR各社はJR時刻表の冊子を出版している交通新聞社というところが一括して時刻表やルート
位置情報のような鉄道運行情報のデータを有償で販売しています。
また、一部大都市の市営地下鉄なども同様にデータを有償で販売しています。GoogleやNAVITIMEなどの大手乗換検索事業者は、こうしたデータを購入し、自社の乗換検索に反映しています。

【「有償データ」というオープンデータ化の大きなハードル】

オープンデータ化というと「乗換検索に掲載されること」と思われている方もいるのですが、公共交通のオープンデータは「運行情報をフリーでネット上にアップロードし、様々な第三者のサービスに利用してもらうこと」なので、こうした有償データ提供はオープンデータ化とはいえません。
例えば、フリーのデータを活用して温泉地めぐりをサポートする「ゆる~と」という個人サイトがあります。

このように、公共交通の運行情報がオープンデータ化されていると、様々な個人やベンチャーが様々な切り口でいろいろなサービスに公共交通のアクセス情報を載せられます。
また、例えば、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州のオープンデータサイトに飛ぶとGoogle Maps以外にもオープンデータを活用した様々なサービスが30近くも紹介されていますがその多くが公共交通データを活用しています。

レストランでも温泉でも、何かを紹介するサービス、利用を促すサービスを作ろうと思うと、そこへの移動手段を調べる機能は常に必要になってきます。公共交通が「公共インフラ」であることは、こうしたオープンデータとしての活用されやすさからもよく見て取れますね。

【有償の民間サービスをオープンにできるか?して良いものか?】

有償のデータ提供となると、そうしたコストを賄える一定の大企業しか活用しなくなるので、こうした活発なサービスイノベーションは起こらなくなります。

一方で、既に民間事業者が収益化している事業を無理矢理オープンにさせるのはどうなんだ、という議論もあります。

デジタルデータ化にもコストというものがかかるのだし、データを活用したサードパーティの事業者は儲けているのだからそこから費用を徴収するのは受益者負担として当然だ、というのもひとつの理屈です。オープンデータ化している事業者は、オープンデータ化によるメリットと有償化の収益とを天秤にかけてオープンデータ化しているのだし、オープンデータ化と有償提供の判断は、それぞれの事業者ごとに決めれば良い、というのも市場への介入を最低限とすべき、という自由市場主義的な観点からは正しいことになります。

【現状のままで待ち受ける未来を妄想してみた】

ちょっとここからは社会像というか国家像の価値判断が入るので、現状維持の価値観に近い「行政の介入を最低限に抑え、自由市場での企業行動をなるべく縛らず、また、それは地方創生においてもそうすべきで、地域間競争をがんがん推し進め、過疎化・衰退していく地域は自己責任」という価値観で進めた場合でどうなるか、ちょっと先の未来を創造してみましょう。

(妄想ここから)

オープンデータのフォーマットは、バスにしろ鉄道にしろ、一応策定はするかもしれませんが、基本的に、交通事業者はそれぞれの必要性に応じてデータを作成し、公開し、または提供します。今までGoogle等に有償データを提供している大手・全国的な交通事業者はそのまま有償提供を続けます。

さて、この場合どのような未来が待つでしょうか。今までオープンデータ化を進めてきた交通事業者も大手を見習って、データ提供の収益化を図り、データ作成のコストが適切に回収されて、データ化が進み、自由競争のもとで公共交通インフラは充実するでしょうか?

実際には、そうはならないでしょう。

大手や全国の交通事業者がデータを有償で売れるのは、Google等の検索事業者がそれを購入したいと思うからです。掲載できないことが検索サービスの優位性に直結します。逆に地方部の中小路線バスは、Google側に掲載したいというインセンティブを交通事業者の側が持っていて、検索事業者としては、あえてお金で買う必要は感じないでしょう。自由競争市場である以上、交通情報の価値はその交通サービスの価値、ひいてはその地域の価値と直結し、力関係はそれぞれで変化します。大手・全国交通事業者は高値で売れる交通情報も、地方の中小路線バス事業者としては、むしろGoogleのような大手検索事業者にお金を払わなければならない立場になりかねません。

自由競争ですから、結果的に大都市部や有力観光地などではデータ提供の収益が交通サービスの強化やデータの質向上に繋がり、利便性が向上するという良いサイクルが回るでしょう。一方で、地方部はデータ化にもデータの掲載にもコストがかかり、それを惜しめば情報発信ができずに利用者が減り、じり貧になっていくでしょう。地域間競争ということでは、自治体は、地元の交通サービスが全国区の検索エンジンに掲載されるようデータ作成やデータ掲載のためのコストを必死に補助するでしょう。その意志や資力がなければ、その地域の交通サービスは「存在しないもの」となり、観光やビジネスが衰退していくことになります。

これはこれでまさに弱肉強食の自由競争の結果ですね。あなたの地元が、セイタカアワダチソウが蔓延る先に錆びたレールと傾いた廃バス停がちらちらと見える廃村にならなければ良いですね、頑張ってお金をどんどんグローバル企業や全国的ICT企業にお金を払って生き延びてください、という未来です。

ちなみに、デジタルデータ化のコストがデータを利用する開発・ベンダー側に求められるため、交通乗換検索やそれを起点としたMaaSサービスにおけるイノベーションは低調になるでしょう。公共交通を行政が担いオープンデータ化されている国ではGAFAの芽となるようなベンチャーが生まれたり、大学や高校単位の地域アプリなども生まれやすいでしょうが、そうしたことは起こらず、基本的に大手ベンダーやGAFAの間での寡占市場による限定的な競争のみ発生します。一定の収益を得た日本の大手・全国規模交通事業者には何らかの開発余力が生まれるかもしれないので、日本は交通事業者主導のMaaSサービスという限られた経路のイノベーションがうまく開花するのに賭ける、という国になります。(個人的には、MaaSの発展には、交通事業以外の様々な産業分野とのシナジーによるイノベーションが必須と考えており、日本の大手交通事業者の実力はもちろん存じ上げていますが、そこに資金を与えておけば自動的に日本のMaaSサービスは国際競争力を持つだろうし、そうした大手交通事業者は日本社会全体の繁栄に責任を持ってくれるだろう、と信じられるほどナイーブにはなれませんが…)MaaSサービスが交通分野以外の産業と結びついて百花繚乱の様相を呈しているグローバルな市場とはおよそ異質な感じになりますが、それでうまくいけば良いですね…。

(妄想ここまで)

正直申し上げて、私は、この完全自由競争・弱肉強食・地方切り捨ての価値観とは大きく異なる好みを有しています。なので、あくまで個人的な好ましさの観点でこうした妄想の未来像は受入れがたいものがあります。

もちろん、そうでない人もいて、こうした未来を「当然あるべき」と思う人もおられるでしょう。そうした人には以下の私の提案は全く筋違い・的外れに見えると思いますので、ここから先はお読み頂く必要はないでしょう。

【地方創生とイノベーション活性化の両立を図る価値観から】

さて、ここからは自分個人の

・ある程度都市部から地方部に資金や財源を流し込み、地方部を底上げすることが日本全体の安定化・繁栄に繋がる
・個人やベンチャーの可能性を確保し、寡占や独占に対してはきちんと行政が市場介入することが、イノベーションによる経済発展には必須

という価値観を踏まえての提案としてお聞きください。

(個人的には、自分の出身母体である国土交通省の中でそう珍しくない価値観かと思うのですが、国交省というイメージだけで想像しづらければ、総務省自治+公正取引委員会のキャラが加わってるみたいな想像をしてもらえれば良いかもしれません。)

公共交通のオープンデータについて、国土交通省の情報政策課主導で、数年後めどでの共通指針の策定が検討されていますが、昨年夏の第9回が最新の検討会のようなので、その議事概要や資料を見ていると、比較的皆さん自分と価値観が近いのか、概ね上記の問題意識が同じように見て取れます。

解決の方向性としてもあまり変わらないかと思いますが、少し自分なりの案を具体化して書き下してみます。

【前提となる補足:「静的」と「動的」の二種類のデータ】

公共交通のオープンデータ化というのは、
・時刻表(ダイヤ)と路線図(ルート)の情報=数か月単位でしか更新されない【静的データ】
・車両のリアルタイム位置情報又は駅・バス停毎の車両接近情報(ロケーション)=毎分や毎秒単位で更新される【動的データ】
の二種類があります。
これをオープンデータ(動的の場合はオープンAPI)にすると、交通事業者以外の第三者が自由に乗換検索アプリを作ったり、地図アプリや観光アプリなどの中に公共交通の検索機能を入れたりすることができます。一番の有名どころはGoogle Mapsの乗換検索。というわけで、バス停に貼り付けてあったり、鉄道会社のHPでPDF公開されたりするデータを一定のフォーマットにして、オープン化していこうというのが、公共交通オープンデータ政策の基本的趣旨です。

【静的データ(ダイヤ・ルート情報)についての提案】

静的データというのは、要は運行計画です。運行計画はもともと公共交通を規制する法律で、国に提出が求められています。もちろん、今の国が求めている様式は、オープンデータ化して活用できるような形式ではありません。

また、法律では交通事業者は利用者に対して時刻表や路線のようなサービス内容を公開することが義務付けられています。これも駅頭やバス停でのアナログな掲示のことなので、ただちにオープンデータ化には繋がりません。

でも、要は静的データについては、基本的に国にも利用者にも無償で提供しなければいけない性質のものなのです。法の趣旨として。デジタル庁もできる中で、アナログな提供義務だったものをデジタル化するように、という要求は変なものではないと思います。

なので、最初の解決案は、交通事業者から国へ提供する運行計画を、オープンデータ化しやすい(国が指定する)フォーマットで提出することと定め、もらったものを国がそのまま公開してしまうことです。

課題1:今デジタル化する余裕が無く、アナログで提出している交通事業者が潰れてしまう

⇒努力義務化・義務化まではもちろん移行期間をとるとともに、中小事業者へのデジタル化支援を行うことは必須でしょう。ただ、山形県のような地方部の自治体ですら、県内路線バス全事業者にデジタル化・オープンデータ化を義務付けることが可能だった、ということを踏まえて、この課題がクリティカルかそうでないかを判断してもらえればと思います。

課題2:現在の事業者の国への申請には、安全性や補助金申請の審査など、オープンデータとして利用する際に必要で無い情報も色々入っており、オープンデータ活用で想定されるフォーマットへの一本化は難しい

⇒これは「一本化」にこだわるから出てくる課題です。オープンデータ活用に適したフォーマットで事業者から国への申請をすべて包含する必要はないので、オープン化するための運行情報フォーマットを提出するとともに、別途それ以外に必要なデータは別のデジタルフォーマットを定めて提出すれば良い話です。過渡期においては、現在のアナログ申請と同時並行でオープンデータ用のフォーマットを提出させ、すこしずつ重複部分をアナログ申請の側から削っていき、残った項目をどうデジタル化するか検討していく、という方法でも良いと思います。

課題3:交通新聞社のような静的データを加工して収益化していた事業者が潰れるのでは?

⇒現在でもJRの時刻表はHPで公開されていますが、交通新聞の時刻表冊子を買う人は普通にいます。情報をどう加工し、編集するか、ということがまさに付加価値を生んでいるわけです。また、Googleのようなグローバルな乗換検索事業者は自ら専用のフォーマットを、しかも頻繁に変更しています。国が求めるフォーマットは個人やベンチャーを活用を想定した簡易で更新頻度の少ないフォーマットとして、より手間のかかるGoogleへのデータ提供などを行える交通事業者はその加工のコストを当然に有償提供で回収し続けていければ良いと思います。

【動的データ(リアルタイム位置情報)についての提案】

さて、動的データの方はどうでしょうか。

現行法令にもリアルタイムの位置情報の提供を義務付けるようなものは含まれていません。また、静的データと違って、GPS発信機能とその管理システムなど、設備導入・維持コストははるかに高くなります。

一方で、公共交通利用において非常にクリティカルな情報です。また、災害の多い我が国においては、運行の遅延や変更などを利用者に届けるためにも重要な手段となります。

リアルタイムの動的データは、その頻度によってシステムにかかる負荷が異なります。1秒単位の位置情報を要求されるのと、5分単位で良いかでは雲泥の差になります。API公開してもらうのは、一定規模以上の大手交通事業者+動的データ取得の設備導入に国や自治体の補助を活用した事業者程度にとどめ、公開データについても、一定の低頻度のものにして、高頻度高精細の動的データは引き続き有償提供できるように残しておく、というあたりが良いのでは無いかと思います。

【結語】

こうした方法なら、最低限のハレーションで、

「きちんと国として地方部の過疎化を食い止め、「結果の平等」としての地方創生を実現しなければ」

という価値観に、

「社会の各関係者の中でも特にデジタルサービス・データ関連サービスの開発者・提供者を最優先し、デジタル化・データ駆動型社会の実現と普及を最優先にする」

という価値観も組み合わせることで、都市部も地方部も同様にデジタル化・データ駆動型社会が実現する未来を目指せるのではと思うのです。

個人的には、こっちの方の未来像の方がしっくり来るので、引き続き、公共交通データを如何にオープンにするか、という方向性で今後も考えていければな、と思っています。

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