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健康課題のタブーをなくすオルタナティブなヘルステック領域としてのFemtech

Femtech(フェムテック)とは女性<Female> とテクノロジー<Technology>を掛け合わせた新しいヘルステックの領域です。
以前、FemtechとFemcareの概要と海外との温度差を考えてみましたが、今回は約5.5兆円市場と期待されるFemtechにまつわる少し踏み込んだ話を書いてみます。
(2020年2月時点のFemtech事情はこちら

Femtechはヘルステックとしての新しいジャンルであり、タブーを無くす社会的な動きでもあり、女性の経済活動参加の活性につながる、これまでに無いオルタナティブな潮流のひとつと定義します。

・テクノロジーがどのように寄与するのか
・SDGs、ダイバーシティ・インクルージョンとFemtech
・海外でもまだまだ指摘される経済活動でのジェンダー不均衡
・社会に一石を投じるPRとフェミニズム運動の境界

といった視点で考えてみました。

世界の半分の35億人が対象となる大きな市場

Femtechは女性の健康にまつわる様々な範囲を包括しています。
・月経周期管理(日本だとルナルナが有名)
・妊活
・避妊
・ガンの早期発見
・育児に活かせるベイビーテック
・更年期障害ケア
など

6年前は顕在化されておらず「ニッチ」とされていましたが、年々投資額も拡大し、急成長しています。人口の半分の女性が対象となり、(アメリカの場合ですが)家庭の医療費の管理をしているのが83%の女性となると不思議ではありません。

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The rise of femtech funding clearly shows it’s not a ‘niche’

また、ヘルステック自体が多様化し、その中に包括されるFemtech(Women’s health)もAI、オンライン診察、医療大麻などのトレンドと混ざり進化しています。

以前こちらのnoteで書いた通り、多種多様な製品、サービスがあります。

テクノロジーとFemtech

具体的にどのような新しいものがあるか、実例をあげてみます。

VR×Femtech
イギリスのウェールズ大学病院の研究では、VRでリラックスする映像を見せることで妊婦に陣痛の痛みや不安感を緩和する療法を試し、77%の妊婦が痛み軽減したと答えています。

イスラエルのVRHealthでは、乳がんに苦しむ女性にVRで癒される映像を見せて、ほてりや寝汗を軽減する臨床研究をしているそうです。


オンライン診察×Femtech
日本にもオンラインで低容量ピルを処方するスマルナがありますが、同様のサービスを展開するNurxは、低容量ピル以外にアフターピル、性感染症テストキット、HPVテスト、PrEP(HIV感染リスクをおさえる)など扱っており、2019年8月にシリーズCラウンドのエクイティーで約34億円(3,200万ドル)と、デッドファイナンスで約21億円(2000万ドル)で合計約55億円調達しました。

NY発のTiaでは洗練されたUIのアプリから、広く女性が抱える健康の悩み(生理、頭痛、性の悩み)を相談できて、Tiaクリニックにて実際に診察を受けることができます。

またイギリスのMoment Healthは、産後うつに特化したメンタルヘルスのアプリを出しています。シンプルなUIでその時の感情をトラッキングでき、状態によっては地域のケアしてくれるところに繋がることができるサービスです。

ちなみに、NYではTiaクリニックのような女性のウェルネスに特化した、少し高級感ある施設(Yinova CenterTHE WELLParsley Health)が人気のようです。

IoT×Femtech
メキシコで学生起業した乳がんに特化したスタートアップ Evaでは、乳がんの早期発見を助けるIoTブラジャー「Eva」と、女性が気軽に通えるサロンのような乳がんクリニックEva Clinicがあります。
IoTブラジャーは1週間に1度、1時間着用するだけで乳がんの早期発見できるものを目指して開発されています。CEOの母親の乳がんが原体験となり、13歳から開発構想を持っていたそうです。

ウェアラブル搾乳機のWillowはスマホと連動したIoT搾乳機で、ハンズフリーで簡単に搾乳を開始できて、デバイス内で満タンになると自動的にストップ。搾乳の量、時間、所要時間をアプリで記録できます。


AI×Femtech
いくつかのAIを活用したFemtechスタートアップが出てきています。

乳がん検査のマンモグラフィをディープラーニングで解析するロンドンのKheiron Medical

インドの乳がん診断支援AIスタートアップNiramaiはインド国内の多数の病院と提携し実証実験中。日本人が取締役をしており、共同投資家に村田製作所も入っています。

サンフランシスコ発の女性アスリートのためのコーチングアプリWILD Technologies AIは、女性特有の月経周期に配慮したプログラムです。

Femtechも含まれる女性起業家たちにAIの活用についてインタビューした記事では、未来の可能性を期待する反面、身体性と向き合うヘルスケアの分野を機械任せにしないことと、AIを開発する大半が男性であることから、ジェンダーバイアスについての懸念の声が上がっています。

AIの活用が進む中で、Femtechに限らず、AIの判断根拠がブラックボックス化していることは懸念点です。
最近ではXAI(Explainable AI:説明可能なAI)という考えかたも現れました。機械学習ではなく深層学習では、判断基準が不透明で導入しづらいことから、判断基準がわかり、説明責任が果たせるものとして生まれました。
実用において事故が起きてはいけない、医療現場での医師のサポート、自動運転、金融、M&Aなど経営判断で取り入れられようとしています。


データ資本主義との拮抗
トランプ以後のアメリカでは、選挙戦でSNSのデータ取得し流用がされたことや、ヨーロッパでも個人データを越境移転することを禁止するGDPR(一般データ保護規則)が施行されたことから、欧米ではライフログデータを取得するデジタルヘルスを無条件で受け入れられない傾向があるようです。

Femtechでは、ユーザーのデータをサービス側が取得することで、UXが高まるものもあるので、利用する側としては、各サービス利用前にデータ利用規約をよく読む習慣をつけて取捨選択することと、サービス提供側としては、日本でも健康データ活用が行われるようになるので、データの活用方針を明示することは重要になってきそうです。


エビデンスの獲得
Femtechは女性の健康課題と密接なので、医療面でのエビデンスは必須です。
PMSなど精神面でのプラセボ効果を狙うものは別として、人の健康に関わるものなので「エピソードでなくエビデンスで考えられているか」「数字・ファクト・ロジック」が必ずあるかが重要です。

利用する側としては、同じ課題意識を持つ医師がきちんと監修している製品、サービスを使いたいです。


SDGs、ダイバーシティ&インクルージョンとFemtech

SDGsとFemtech
Femtech企業のほとんどが先進国です。
しかし、家事育児を自ら行い、経済活動に参加できず医療面でもケアの足りていない発展途上国の女性が、Femtechによって病院にかかる費用を抑えながら、月経周期管理をしたり妊娠中のオンライン診察を受けられるのではという期待もあります。
また、発展途上国の人口のうち3人に1人がスマートフォンを所持しているという説もあります。


インドのFemtech事情
女性の社会上の性役割が、宗教上根強いインドは、女性の平均寿命がWHOの割り出した74.2歳よりも低い70歳なのは、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ*への優先順位が低くく、女性ならではの病気にかかりやすいためではないかという指摘があります。
しかし、生理用品の衛生面の問題から社会起業した「パッドマン」という映画が話題になり、いくつかのインド発のFemtechスタートアップも出てきたため、状況は変わりつつあるようです。

*リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは
性や子どもを産むことに関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であることです。
・すべての個人とカップルが、子どもを産むか産まないか、産むならいつ産むか、何人産むかを自分自身で決めることができること
・安全に安心して妊娠・出産ができること
・子どもにとって最適な養育ができること
・他人の権利を尊重しつつ安全で満足のいく性生活をもてること
・ジェンダーに基づく暴力、児童婚、強制婚や、女性性器切除(FGM)などの有害な行為によって傷つけられないこと
・強要を受けることなくセクシュアリティを表現できること
・誰もが妊娠・出産、家族計画、性感染症、不妊、疾病の予防・診断・治療などの必要なサービスを必要な時に受けられること

Femtech企業といえば欧米に多いB2Cが目立ちますが、インド発のFemtechスタートアップは、現状の医療環境への補完的なB2B企業が多いようで、妊娠中の女性のための医療機器がいくつかあげられています。


女性の多様な在り方を認める「ダイバーシティ&インクルージョン」
最近では、ファッションや美容など様々な分野で、女性のステレオタイプ視をやめて、肌の色や体型や年齢の多様性を認めようという動きがあります。

そんな時流もあってか、個人が抱える悩みであった年齢を重ねた人に向けたサービスも出てきています。

更年期障害に特化したFemtechスタートアップはいくつか出てきており、Genneveは、従量課金型のオンライン診察により2019年8月に約4.3億円(400万ドル)を調達しました。

オランダのCarinは、パンツに小型センサーを仕込めるようになっていて、アプリと連動するIoT尿もれ管理が可能で、骨盤底筋のエクササイズメニューもアプリ内に入っています。

カリフォルニアのスタートアップNextGen Janeは、約2時間装着した専用タンポンをホームキットに入れ検査機関に送り分析することで、子宮頚がんのリスクを検査しようと試みています。
女性の健康に関するゲノム情報を収集して、人種ごとにかかりやすい病気の傾向も調査しています。2019年4月にシリーズAで約9.5億円(900万ドル)を調達しました。


経済とジェンダーバランスの問題

保守系とされるイギリスのメディアのテレグラフで、男性の投資家比率が依然として高いためFemtechが伸び悩むのでは?と懸念する記事が出ていました。
母乳による育児や、更年期障害など、顕在化されていなかったタブーな領域こそがFemtechで資金調達も盛んですが、男性に知識がない部分で、イギリスのVC内で意思決定する女性が13%であることから、VC内に女性を増やすべきと書かれています。

ちなみに、日本はジェンダーギャップランキングで110/149位で、G7の中で最下位で、企業での部長以上の女性管理職の割合は6.6%です。

スタートアップを支援するVC側の課題はありつつ、開発を行うSTEM領域(科学・技術・工学・数学)でも女性の比率が少ないため、Femtechはエンジニアとして活躍したい女性にとって主体的に活躍できる分野では無いかと思います。

アメリカのポートランドのあるオレゴン州は、リベラルな文化土壌もあるためか、Femtechのなかでも特殊な、セクシャルウェルネスのスタートアップがいくつかあり、Femtechの産学連携として、プロトタイプ制作をオレゴン州立大学内のFablabで作っているそうです。


社会に一石を投じるPRとフェミニズム運動の境界

以前のnoteにも書いた通り、#MeTooなどフェミニズムに関連するムーブメントが、多くのFemtech起業を後押ししたことは否めません。
私はこのことを肯定的に捉えていますが、Femtechを日本にローカライズするとなると、コミュニケーション設計やブランド戦略として、やや力強くなりすぎるのではと懸念があります。
私が東京で企画・運営したFemtech関連のイベントで感じた肌感として、Femtechとフェミニズムは切り離した方が日本では受け入れられると思いました。
しかし、Femtechという概念を作ったドイツ発の月経周期管理アプリClueの自社メディアでもフェミニズムを打ち出し続けていることは、Femtechに興味のある人は前提知識として知っておいて良いと思います。

ジェンダーに関わる問題提起は、レバレッジが効くものの「社会に一石を投じるPR」として成立するか、(PRとして仕掛けても)「フェミニズム運動」と思われるかが難しいところです。


社会に一石を投じるPRとして成功した事例
FemtechではなくFemcare寄りの話ですが、2019年の世界的広告祭「カンヌ・ライオンズ」のPR部門でグランプリをとったのはタンポンが入った本でした。

日用品の消費税が7%のドイツで、生理用品のタンポンが19%ということに声をあげるプロジェクトで、注目したいのがインフルエンサー以外の女性の政治家もこのプロジェクトに賛同している点です。
カナダや米国は抗議運動をしたため生理用品の高い消費税は廃止されているものの、ドイツは政治家らが拒否したため今だに課税されていました。
この「The Tampon Book(ザ・タンポン・ブック)」はSNSで広く拡散され話題になりました。
このような「クリエイティブ発想のロビー活動」は薬事の壁で海外のFemtech製品が入ってこない日本で事業を起こす際のヒントになります。


D2Cのナプキン不要パンツTHINXは、2015年にNYの地下鉄広告に「Period=生理」という言葉を使ったことで「不適切」として広告を取り下げられ、物議を醸しました。
NYという新しい価値観に柔軟な印象の都市でも、生理がいまだにタブーであることを炙り出し、議論が起きたことからブランドの知名度が上がりました。

またその翌年の2016年には、トランスジェンダーの男性を起用し、生理のあるトランス男性のトイレでの悩みについて議論できるよう、ブランドのラディカルな姿勢を崩さず発信しました。
現在、THINXは日本で輸入販売されるほどの知名度を得ています。


2018年の「カンヌ・ライオンズ」のジェンダー部門のグランプリは、スウェーデンの生理用品メーカーBodyformが生理の血を青い液体で誤魔化さず描いた#Blood Normalキャンペーンでした。
生命を宿すためのものでもある生理をタブー視をしていたメーカーが、考えを改めたもので、70%以上の消費者から好感を得られたとのことです。

フェミニズムとFemtechの関係

2014年以降、フェミニズムがエンターテイメント業界にも浸透し、大衆化したアメリカで、Femtechの中でもフェミニズムの色が強いのがセクシャルウェルネスの分野です。
女性でも好き嫌いが分かれる分野で、おそらく市場が成熟してくると別ジャンルになってくるのでは無いかと思います。

世界的なテクノロジー見本市CESの2019年度で、Femtech領域であるセクシャルウェルネスのスタートアップLora DiCarloがCESイノベーションアワードの受賞通知後、「不適切」とされ取り消しとなりました。(批判を受けてCES2020はブース出展が決まったそうです

最近では、2019年4月にシリーズBで約45億円調達した代表的なFemtechブランドのelvieが、自社の骨盤底筋を鍛えるIoTのPRを兼ねて、2019年8月にエディンバラのフリンジ・フェスティバルで、女性器バルーンをあげたところ「不適切」として取り下げられ、開設予定だったポップアップショップも却下されることになりました。

elvieとしては、女性の3人に1人が悩む骨盤底筋の悩みをタブー視せず、笑い飛ばそうという意図で企画したそうで、抗議の署名運動もしています。

2018年に男性のED用の薬を処方するD2Cブランド「Hims」が、THINXが2015年に打ち出した広告に似たクリエイティブをNY地下鉄で展開しましたが、こちらは特に「不適切」とされず広告審査に通ったことが、逆に物議を醸しました。

2019年7月、セクシャルウェルネス系のスタートアップUnboundDame ProductsがFacebook広告への掲載を「不適切」と却下されたことに抗議のパフォーマンスを行い、Webサイトも立ち上げました。

さらにDame ProductsはTHINXやHimsが広告を出した、NY地下鉄への広告掲載を申し入れましたがこちらも「不適切」と却下され、抗議のコメントを出しています。

経済効果を生む問題提起となるか、フェミニズム運動になるかは、社会の寛容度とコミュニケーション設計によります。
私はどちらに転んでも良いと思いますが、仕掛ける側でジェンダー炎上を避けたい人はここ数年、日本で起きた炎上事例を元に考えることをおすすめします。

まとめ

・ヘルステックの進化に合わせてFemtechも有機的に成長している
・一部の利益だけではなく、社会で包括的な価値を出せる可能性がある
・ジェンダー不均衡への前向きな経済活動になる
・ブランドのコミュニケーション戦略が、問題提起型PRとなるかフェミニズム運動となるかの境界は曖昧

Femtechは、技術と社会の複雑化からうまれた分野と言っていいかもしれません。
長々と書きましたがとにかく伝えたいのは、

テクノロジーを無条件に賛美せず、良いとこどりする知識が必要
女性特有の健康課題にFemtechをきっかけに向き合い、興味を持ってもらえることが一番重要

ということです。

TwitterでたまにFemtech / Femcareのことつぶやきますー。
https://twitter.com/nakama_desu

これまでのFemtechやジェンダー関連について書いたnoteはこちら。

啓蒙関連イベントの企画から運営までご協力します。これまでのフェムテック関連のイベント例。


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