見出し画像

自宅通勤の新社会人の子からお金を取る

 社会人になったら、家を出るんだよ、と子どもには、言ってきましたが、家から職場まであまりに近いため、この4月から社会人になった長男は、家から通勤し始めています。

 大学生のときまでは、私から、子どもの口座にお小遣いとして、なにがしかのお金を毎月、振り込んであげていましたが、社会人になったら、今度は、親にお金を渡すタイミングです。

 これは、別に私がケチで言っているわけではありません。

 確かに、私はお金にはしっかりしていますが、周りには私を“ケチ”という人は誰もいないと思いますよ(金離れはいい方です。)。

 子どもは、本来は、社会人になったら(場合によっては大学生になったら)、家を出て自立すべきだと思っています。

 特に、社会人になったタイミングからの“自立”の意味は、単に生活を切り盛りするだけではなく、経済的に自立することだと考えています。

 経済的自立ということを、「ファイナンシャル・インディペンデンス」と呼びますが、経済的に自立しなくて、果たして「大人」と呼べるのでしょうか、と私は、心の底から思っています。

 うちの長男は、職場が家から近いので、家から通うことになった(会社から家賃補助が出ないため。)のですが、もし、自分でアパートなりなんなりを借りたとしたら、最低でも、月額6万円程度は要りようなんですね。

 そして、食費等も自賄いするとなると、さらに数万円かかったりするのです。

 こういったものが、自宅通勤ですと、ほぼ親がかりになるのです。

 私は、このような経費負担は、一部でもいいので、子どもに負担させるべきだと考えています。

 これは「世知辛い」というような次元の低い問題ではありません。

 社会人になったら、自分の食い扶持は自分で稼ぐのが筋なんです。

 親元にいるからと言って、親に全部払ってもらっていたら、経済的自立は、いつまで経ってもできませんし、ヘタをすると、親が甘えさせていることを誘因として、「ニート」にさせてしまいかねません。

 「ニート」になるというのは、親が「安全に安全に」と気を遣いすぎて、過剰に守り過ぎたため生じる事態だろうと思っています。

 自分の食い扶持は自分で稼ぐという「社会人にとっての当たり前」を実践して初めて、本当の意味で、「大人」になるのです。

 ということで、長男の給料が出始めたら、月○万円のお金を、家に納めさせます。

 これは、家賃であり、食費であり、また、経済的自立を図るための親に支払う“研修費”でもあります。

 月あたりいくらにするかは、子どもの給料と相談して決めようと思っていますが、私が子どもに対して、大学時代に支払っていた月当たりのお小遣い程度がひとつの目安だろうと考えています。

 かくいう私も、社会人になり、自宅通勤していましたが、今から、30数年前の当時、月3万円を親に納めていました。

 子どもには、親に一定額を納めさせた上で、自分の裁量で、貯蓄(積立定期・積立投資等)はさせようと考えています。

 貯蓄もできない人は、社会人として、文字どおり、「サイテー」ですからね。これは、単に人をけなした言葉ではなく、心の底から、悪気なくそう思っているだけです。

 経済的自立とは、自分で自分の食い扶持を稼ぎ、その上で、貯蓄もすること。そのことができなくては、「大人」とは呼べませんね。

この記事が参加している募集

新生活をたのしく

仕事のコツ

with 日本経済新聞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?