魔法のおはなし ①

  柔く、暖かい風がボクの髪の毛を撫でていく。
  窓際のこの席は陽の光と風があたる場所で。昼食を食べた後にある、小難しい座学のこの時間が眠くなるには仕方の無い席だ。

  勉強熱心な他の生徒はきちんと聞き入ってるのだけど、そんな気持ちボクはここに来てほんの少ししたら無くしてしまったんだ。

  入り込んだ風が机の上に置かれた魔導書のページをパラパラと、捲っていく。何気ないそれをボクはぼーっと眺めていた。

「−−-、−−ェ、クロエ! クロエ・イシェミール!」
「ッ、たい!」

  突然耳に入ってきた自分の名前を呼ぶ声と、頭部に響く痛みに思わず声が出た。
  呼ぶ声のした背後を振り向けばついさっきまで、講義室前方の教卓に立っていた教員。ライヴラ・ニクスが、ボクの後に立ち魔導書を片手に見下ろしていた。
  彼女の羽織る黒地に白い裏地、そして蓮の花の刺繍がされたローブはこのアトラ魔術院の教員であることを示すものだ。

「なにも殴らなくてもいいんじゃないの、先生」
「あら、小突いただけのつもりだったんだけど。
私の話を聞かずに1時間ぼーっとしていたキミには無意識のうちに殴ってたのかしら」

  ニッコリと、目を細めてわらう先生に頬がひきつりそうになりつつも。ごめんって、なんて軽く返した。

「はぁ…、あのね。 基礎的な魔法の話だからって、聞かないでいると大変な事 になるのよ」
「大変なことって、例えば?」
「今日も話をしたけれど、元素のことや気温、天候のこと。そういうのの関係性を知らずに無闇矢鱈に魔法や魔術を唱えると、状況によっては威力が増幅して最悪自分自身の命を落とすのよ」

  だから、と先生は続けると。

「眠くても、つまらなくても、基礎の話はきちんと聞きなさい。
元々私たちの手に負える力じゃないのよ、魔法っていうのは。だからこそ小さい事から理解し、気をつけ、上手く利用していくの」

  分かったかしら?、と首を傾げる先生の肩を落ちるように滑る薄桃色の長い髪の毛に思わず見とれながらも頷いた。

「あと、今日の課題で"禁断魔法"について、纏めるように。っていうの出したから。
最低限羊皮紙2枚分は纏めてきてちょうだいね」
「禁断魔法、ね…わかりましたよ。先生」

  禁断魔法か…

  学生寮にある大浴場の湯船に浸かりながら出された課題の内容について考えていた。

  禁断魔法と言うのはその名の通り、使用することが禁忌とされている魔法であり。使用した者は重罪とされ国が保有する魔法刑務所に連れていかれる。
  普通の国ならば魔法を使えるものはごく僅かで、魔法が危険視されることもないのだけれど。
  トネロアを含む、7つの国からなるハイゼンベルク地方でも有数の魔術院。アトラ魔術院があるトネロアは、多くの魔術士が集まることもあり危険視されている。

「噂は知っていたんだけれども、存在するとは思ってもないよね……」
「なーにが存在しないだって?」
「えっちょっ、」

  誰もいなかった浴場に突然聞こえた自分以外の声に驚き入口の方を見ると。
  髪を結びながら締まった身体を見せつけてくる女の子の姿があって、それは学生寮で同室のスメラギ・シノウ=グラスだった。

「シノウか、ビックリした」
「クロエってば、久しぶりに一緒に浸かろうと思ったら驚きすぎだって」

  まぁ、そんなことより?そう言ってニヤリと笑うシノウに嫌な予感がし、逃げる体制をとる。

「クロエの胸が成長したか調べないと!
いつまでもボク、だなんて一人称で。胸もひと目でわかるって訳じゃないんだし男になっちゃうよ?!」
「ボクはボクのままでいいんだって!
もうボクはお風呂出るよ! シノウは後から来て!」

  えーーーーー、と浴場に響くシノウの声を背に、脱衣所へと向かい着替える。

  結局、シノウが入ってきたこともあり禁断魔法について考えることは出来なかった。

  部屋に戻って考える、のもいいけれどどうせシノウにまた邪魔されるだろうから明日書物庫にでも行って調べよう。

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