恋木犀_ss なんでもない話
「ちーちゃん!!」
突然頭に入ってきた鮮明な私を呼ぶ声に、ふと意識が覚醒する。
「ッ…ご、ごめんなさい。 少しぼーっとしてたみたい。」
「大丈夫? 体調悪かったら今日もうあがってもいいんだよ。」
私の様子を伺いながら心配そうに尋ねてくる同僚の言葉に「えぇ、大丈夫よ。」と、笑顔で返した。
ここ最近は出勤が続いていて、まともに休めていなかったから疲れが溜まっているだけなんだと思う。
明日から何日かおやすみを貰っているから四片さんとお家でゆっくり休もうかな。
きっと仕事を終えて家に帰ったら待っている彼の事を考えると、自然と自分の頬が緩むのがわかる。
少しばかり重たく感じていた身体も気の所為だと言わんばかりに軽くなり、あと残り数時間ほどの勤務に気合いを入れ直した。
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「おつかれさまです、お先に失礼しますね。」
17時頃を示す時計を確認すると、まだ勤務のある同僚に声をかけ店の裏へと下がる。
やっぱり体調悪いのかしら、少し頭が重たいかも。
自分でも分かるほどの覚束無い足取りで更衣室の隅にある椅子に座り、メイク直し用のカウンターにうつ伏せになる。
少し休んでから帰ろう。そう思って瞼を下ろした。
「おきてー! ちーちゃん、もう21時だよ!!」
デジャブを覚える呼び声と体をゆする振動に目を覚ました。
「あれ、少しだけ休むつもりだったのに…」
小さく欠伸を零し、ポケットからスマホを取り出し時間を確認すると21時と表記されていた。
「う、うそ。もう21時? 帰らなきゃ…」
さっき言ったじゃん〜!と騒ぐ同僚を後目に、自分のロッカーの扉を開けバッグを取り出す。
「起こしてくれてありがとう!急いでるから、帰るわね。」
覚束無い足取りながらも、なんとか職場出た。
先程寝ていた際に汗をかいていた様で、外に出ると汗で濡れた服と肌が空気に晒され気持ち悪さと肌寒さが混じりあって伝わってくる。
気持ち悪い。着替えたい。はやく帰りたい。
はやく会いたい。安心したい。
家でわたしを待っているだろう彼の顔がチラつく。
身体中をめぐる毒が、彼に会いたいと伝えてくる。
息も荒くて、苦しくて。普段から履きなれている、この6cmのヒールがウザったくて。傍から見たら、不格好な走りで帰路を急いだ。
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「ご、ごめんなさ…。帰るの、遅くなって。」
息も絶え絶えに家のドアを開け、玄関に入るなりしゃがみこむ。
彼の足音が玄関に近づいてきていて、はやく靴を脱いであがらないと。と思い立ち上がった瞬間目の前は真っ暗になった。
次に目が覚めた時、窓の外は明るくカーテンから陽の光が透けて見えた。
ベッドから降りようと身動ぎすると、わたしを包む腕の存在に気づく。
蛇のような雰囲気を持つ瞳は閉じられていて、綺麗な顔立ちが目に入った。
ベッドから抜け出して今一度確認してみれば、わたしの身体からは汗の不快感も、濡れた服の冷たさも消えていて。他人の為に何かするのを面倒臭がる彼が、汗を拭いて。服を着替えさせて。ここまで運んでくれたのだとすぐに分かった。
面倒だなんだと思いながら事を全てやってくれたであろう彼の寝顔に近づいてチュッ、と可愛い音のキスを落とす。
「ありがとう、だいすきよ。」
自分の顔が熱いのは熱のせいにしておこう。
愛おしい彼の寝顔を十分眺め、その彼が起きる前にご飯を作ってあげよう、とキッチンへと足を進めた。
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