恋木犀_Ss 紫煙に呑まれる。


「あれ、ちーちゃん今日は珍しく涼しそうな格好してる。」

仕事も終わり、お店の裏にある更衣室でメイク直しをしていたら職場の同僚にそう声をかけられた。

「確かに、珍しいかもしれないわね。ここ最近タートルネックばかり着ていた自覚あるもの。」

同僚に言われて振り返れば、確かに今の首元が詰まってない服装は久しぶだと自覚する。
別段寒くないのに首の隠れる服を着続けていたのは、やはり暑苦しかったのだろうか。
首元の開いたシャツを着ているだけで、涼しそうな格好。と言われるのだから思わず苦笑いしてしまった。

「それに今日はいつもの編み込みしてないんだね、いつものちーちゃんも可愛いけど下ろしてるちーちゃんもかわいいよ。」

「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ。」

普段と違う髪型でも、可愛い。と言ってくれる彼女に嬉しくなる。
じゃあお先にね。と、退社していく同僚を見送りメイク直しを終わらせる。
鏡の中に映るのは、メイクがきちんとされていて可愛い顔のわたし。

首元を隠すようにサイドに下ろしている髪の毛をすくい取れば、紅い痕が目にはいる。それも1つではなく複数の。
彼の独占欲が目に見えて分かるソレに思わず頬が緩んでしまう。
あの日、わたしが溢した過去を聞いて泣いてくれた彼が付けてくれたモノだ。
わたしを愛してくれて、生かしてくれる人。
蛇のような雰囲気を纏い、蠱惑的なわたしの好きな人。

煙管を吸い紫煙を吐き出す彼に呑まれたわたしは、蛇に呑まれた鼠の様なものなのだ。
捕らわれ、呑まれ、蝕まれていく。
けれどそれが、わたしにとってはひどく心地がいい。ここがわたしの居場所なのだと実感できる。

「そろそろ行かなきゃ。」

彼を思い出し緩んでいた頬を引き締め、更衣室を後にする。
彼が何をしているかなんて、あの紫煙に包まれた部屋を思い浮かべれば分かりきったことなのに。それでも彼の事を考えてしまうわたしはすっかり蝕まれているのだ。

行き先は、紫煙に包まれ据わった目をした蛇の巣。
そこに今日もわたしは彼に呑まれに行く。

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