恋木犀_Ss 煙る彼。

「チサト。」

視界に入る煙と共に、私の間違った名前を少し掠れた声が呼ぶ。
どうせわたしの本当の名前なんて誰も気に留めない、ネガティブにそう思いながら隣の席に座る男を横目に無くなりかけのカルーアミルクを喉に流す。

「酒飲んじゃって、どうなっても知らねえよ。」
「うるさい、わたしだってみたいの。
どうせアナタはわたしがなにを言ったって気にもとめないじゃない。」

若干回らない舌でケタケタと笑う男の言葉に答える。
火照る体に感覚の鈍くなってきた口内、先程から摂取していたアルコールが効いてきたんだ身体が訴えている。

お酒を飲むのはすきだけど、人前で飲むのは好きじゃない。お酒を飲むと弱い時の自分に戻ってしまうから。
折角、背を刺すような視線にも。身体に響く鈍い痛みにも。心を抉るような言葉にも耐えて。乗り越えて今の自分を手に入れたというのに。
お酒を飲めばあっという間にあの頃の惨めな自分に逆戻りだ。
わたしと男の他に2人程しか客がいないこのバーでも、皆がわたしを嘲笑っている気がする。
所詮はここ数年見た目を取り繕っただけの人形なのだ、根は変わらないあの頃の陰気なセンリなのだと。

アルコールを摂取したせいで案の定ネガティブになってしまったわたしの視界に男が吸っていたタバコが目に入る。

「それ、わたしも吸いたい。」
「これか?俺のだぞ。」
「別にキスした事あるのに吸いかけのタバコくらいいいじゃない。」

そう言うならばと男は吸いかけのタバコを渡した。
子供の頃から若干の憧れを持っていたソレに口付け吸ってみれば煙が肺に入りケホッケホッ、とむせてしまう。
その様子をみた男は笑っていて。

「チサトには早かったな、また今度吸わせてやるよ。」

と、そう言ってわたし指先からスルリとタバコを抜き取ってしまった。
ソレに口付け慣れたように煙を吐き出す姿に羨ましいと思う気持ちがある。


「わたしだって、オトナになりたい。」

20歳を迎えてはみたものの、中身は未だ変わらず幼い頃のままで自信が持てない自分に対して溢れた言葉に男は何を言うでもなく、そっとセンリの頭を撫でた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?