mlsから学ぶ

アメリカ的であってアメリカ的でないMLS

今週末に「MLSから学ぶスポーツマネジメント」の著者である中村さんのクラスがあるので、書籍で予習。

MLS中心の内容なので、普段野球界隈にいると手に取らない書籍なのですが、アメリカのスポーツビジネスについて理解する上でとても多くの学びがあります。


MLSは1996年に創設したアメリカのプロサッカーリーグ。

多くのプロリーグと同様に創設当時はビジネスとして困難な時期もありましたが、2017年の平均観客動員数は22,106人。

同年、特にアトランタを本拠地にするユナイテッドFC、シアトルを本拠地にするサウンダーズは互いに3万枚以上のシーズンチケットが完売し、平均観客動員数はそれぞれ48,200人、43,666人を記録していています。

また、MLSが2015年に締結した放映権収入は年間$90Mであり、約100億円。

ついに、アメリカでのプレミアリーグの放映権収入を超えました。

※JリーグのDAZNの年間放映権収入は210億円。Jリーグのコンテンツは世界的にもかなり強いです。

さらに、チームをリーグに参加させるためのフランチャイズフィー(リーグへの上納金)は、リーグ創設当初は5億円だったものが現在は210億円ともいわれています。

※プロ野球の上納金は30億円です。


さて、アメリカのプロスポーツリーグといえばMLB、NFL、NHL、NBA。
これらのスポーツとサッカーは決定的な違いがあり、それは

アメリカのサッカーが世界一ではない

ということです。

アメリカNo.1のチームをワールドチャンピオンとするMLBのように、アメフトも、バスケも(アイスホッケーはよくわからないのですが)、アメリカ国内リーグが実力的にもビジネス的にも世界的に突出しています。

一方、プロサッカーはヨーロッパ中心でアメリカが圧倒的世界一ではありません。

アメリカでもプレミアリーグやラ・リーガは人気があって、そこがどうしてもライバルになります。

アメリカで歴史があり、文化もある4大スポーツとは異なり、サッカーはそのコンテンツ力だけでは勝負できないんですよね。


ヨーロッパ中心にビジネスとして発展しているサッカーですが、MLSではアメリカのスポーツビジネスの要素がかなり取り込まれています。

個人的にポイントとなるのは次の3つかなと考えています。

・リーグビジネス

・スタジアム中心のビジネス

・ROIベースのビジネス


リーグビジネス
世界的なプロサッカーリーグは、スペインのバルサ、レアル、イングランドのマンU、ドイツのバイエルンなどビッククラブ中心のビジネスです。

かつてアメリカでもNASL(北米サッカーリーグ)というプロサッカーリーグがあり、そこでは圧倒的な人気と実力のあるNYコスモスというチームがありました。

ただ、リーグ自体がそのチームに依存しすぎて、結局倒産しています。

そこで、MLSはシングルエンティティシステムという考えをベースにしています。

「ピッチ内では競合だが、ピッチ外では仲間である」

という徹底したリーグビジネスです。

リーグとしてブランディングを統一し、放映権の交渉でもクラブ単位よりも優位に立て、サラリーキャップを導入することで(選手のサラリーもリーグ負担)、戦力均衡を図っています。

また、各クラブのオーナーがリーグの運営に参画しています。

リーグの仕組みがオーナーたちの協議で決まることはプロ野球とは同じです。

MLSではリーグとクラブは運命共同体であり、お互いの発展を目指している一方で、プロ野球、特にセ・リーグは自チームの既得権益を守ることだけを考えた、Noと言うだけの仕組みになっている気がしています。

※交流戦を導入すると巨人戦の試合が減るから嫌だとか、DAZNでセ・リーグだけ全チームの試合を視聴できない点も、リーグとしての発展よりも自チームのロジック最優先になっている証拠ですよね。


ちなみに、ヨーロッパではチャンピオンズリーグという最強のサッカーコンテンツがあります。

詳しくは知りませんが、各リーグの上位クラブでヨーロッパNo.1クラブを決めるもので、各クラブの優先順位が最も高いタイトルです。

自国リーグ内での戦力均衡をしていると、ここで勝てるチームにならず、ヨーロッパでは一部のビッククラブがビッククラブとして巨大化していくことは、実際は全体最適なのかもしれないですね。


また、SUM(Soccer United Marketing)という、リーグとは独立したマーケティング組織もあります。

こちらはMLSのビジネス面を一括して管理し、MLSは毎年安定したライセンスフィーが確保できます。

日本では「アメリカはサッカー不毛の地」なんて言われていますが、実は競技人口は中国の次に多いですし、世界的にみてもサッカーが普及している国です。

それにアメリカの特徴として、移民が多く、アメリカ人であっても多様な人種、文化があって、グローバルに発展しているサッカーは彼らのアイデンティティに訴えるには効果的です。

例えば、アメリカにはメキシコ系が約1割いて、メキシコ代表の試合は実はメキシコよりもアメリカでよりビジネスとしての価値があります。

また、シカゴではポーランド系が多いですし、ボストンではポルトガル系が多いです。

多様なバックグラウンドの消費者がいるだけでなく、同時にそれぞれを対象にした企業も存在しています。

このような多様なターゲットに適切なマーケティングをするのは、クラブ単位では難しく、リーグ単位で専門部隊がカスタムしてMLSという商品を販売しているのは非常に効果的なんです。


SUMでは各国の代表戦やビッククラブをアメリカ国内に招致して、それをきっかけにサッカーに触れてもらい、最終的にはMLS、地元のチームのファンになってもらえるよう取り組んでいます。

日本でも、代表戦は多くのライトなファンにアプローチできるので、その方々をJリーグにもスムーズに興味を持ってもらうようにするには、SUMのような一気通貫でマーケティングができるような組織が必要ではないでしょうか。


ROIベースのビジネス
前述したように、MLSのフランチャイズフィーは約200億円ですが、それだけ投資対象としての価値もあると認められている証拠です。

投資対象として価値を担保するための一つの仕組みは、MLSには入れ替え性がないということ。

Jリーグがそうであるように、プロサッカーリーグには1部とその下に複数の下位リーグがある入れ替え制のシステムがメジャーです。

Jリーグでは下位2チームは自動的に降格、下から3番目のチームはJ2の3-6位のチームとのプレイオフで勝たないとJ1に残留できません。

降格すると一気にブランド価値が下がるリスクがあるのですが、MLSは常にトップリーグでプレーできるので投資対象としての価値が担保されています。


また、巨額の投資を行う以上、ビジネスにコミットし、きちんとリターンを出すことを念頭に入れています。

スタッフの育成、キラーコンテンツとなりうる選手(ベッカム)の獲得時、そしてチームの買収にはもちろんですが、アカデミーも投資対効果を徹底的に追求します。

アカデミーとは野球でいうと各チームのマイナー組織。

有望な若手選手の育成は高額な選手の獲得が不要になりますし、地元ファンからの応援も期待できます。

野球では有望な若手は将来のチームの柱として育てるだけではなくて、トッププレイヤーのトレード資源にもなるわけですが、サッカーでは他国も含めたクラブに売却することもビジネスになっています。

アメリカ国内の選手が他国のリーグに流出するのは損失と考えがちですが、補償金として金銭的なメリットもありますし、アメリカの選手が海外リーグで活躍することはスポーツビジネス界ではスタートアップであるMLSでは貴重な宣伝材料にもなります。

野球でもポスティングシステムがありますが、移籍補償金はチームだけでなく、リーグにも収入が入り、またその収入は育成・強化に用途が限定されているなど、しっかりと仕組み化されています。
これは、今の野球界にはないものです。


スタジアム中心のビジネス

MLSでは、

スポーツのためにスタジアムを用意するのではなくて、スタジアムで提供するエンターテイメントの一つのコンテンツとしてスポーツの試合ある

という考えがあります。

サッカーの試合だけを売りにできない以上、試合中だけでなく、試合前後も含めた観戦体験を向上させて、スタジアムに来てもらうことが大切です。

また、試合開催日以外でもコンサートやファン・地域住民とのコミュニケーションの場の用意するなど、様々なイベントを行っています。

スタジアムに人が来れば広告としても価値が上がりますし、満員の状態を作れば選手のモチベーション向上や、チケット価値だけでなくブロードキャストの価値もあげることもできます。

なので、MLSではチケッティング部隊は各チームに20-30人確保しており、チケッティングを営業の優先順位として最も高くしています。

※もちろんMLBやNFLも。MLBはもっと多い40-50人のセールススタッフを持っているようです。

ちなみに、Jリーグ(J1)は全体の売上における広告収入が4割を締めている一方で、チケット収入は2割程度であり、スポンサーに大きく依存した収益構造です。

ただし、スタジアム中心のビジネスへの移行は日本でも確実に進んでいます。

マツダスタジアムがそうですし、023年に新球場のオープンを予定している、ファイターズ、長崎Vファーレンの新球場もそうです。

こちらは設計段階からパートナー企業と連携し、ホテルやショッピングモールなどを併設し、観光地としての球場を建設中です。


アメリカのスタジアムとしてフューチャーされているのが、メルセデス・ベンツスタジアム。

・開閉式のドーム球場

・スタジアムを一周する超大型ビジョン

・メルセデス・ベンツのアセットを活用したスイートルーム

・リアルタイムで動画を編集、活用するメディアセンター

・試合以外でも楽しめる広いコンコースとバー

サッカー、フットボール専用のスタジアムとして競技を楽しめるだけではなく、選手・チームとのコミュニケーション、非日常的なエンターテイメントを提供する場としてとても魅力的です。


さて、確実にビジネスとして成長しているMLSですが、最終的には競技性がネックになっていくかもしれません。

4大スポーツはアメリカ国内で世界最高峰の試合が観られる一方で、サッカーはそうではありません。

野球では国際試合(WBC)でさえアメリカが主催していますが、サッカーでは五輪、W杯といった自分たちでコントロールできる国際的な試合がありません。

世界でNo.1のリーグになるための戦略を打つのか、それとも4大スポーツとは違った価値を提供するのか。

アメリカのプロスポーツ界においては特徴的なのがMLSです。

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