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ソフトとの向き合い方~連珠世界選手権AT 芦海ー神谷戦から考える~

世界選手権についての文章を書くにあたってなにがいいかなぁと思っていた。個人的な感想をばばーっと書くという手もあったが棋譜を見返していて興味深いことがあったのでそちらを先に記す。
※非常に専門的な話をします。
※検討には基本的にKatagoを用いています。ソフトというのはこれを指します

第一図

今年は遊星が多かった。その背景としては局面的な優位性もあるだろうが、一番は中国の選手が多数出場してくるという見方が強かったためだろうと思う。冒頭に専門的な話をすると記載したので遠慮なく書いていくが、中国では(記事執筆日の時点では)題数指定打ちを採用している。遊星はこのルールにおいては死に形であり、ソーソロフルールが採用されるATにおいて相手は恐らく打ち慣れておらず有力であろうという見方だ。私自身もある程度の準備を遊星に割いていた。(とは思えないほど序盤で大爆発をしたが)一方で中国の選手からするとどうせ遊星が狙われるのだから対策していこうというのが自然な発想になる。本局はまさにこうした発想による両者の激突だった。

本題に入る前に、少しばかり今日における遊星についての初歩的な話(筆者の見解)を説明しておく。たびたび「今日における」とか念を押しているのは「明日には既に通用しないかもしれないよ?」ということだ。そのくらい現代連珠の研究の進展は速い。秒単位分単位で移り変わる可能性があることを承知の上読んでいただきたい。
遊星はスワップ安定と言われている。ほとんどどの白4を選んだとしても形勢がどちらかに大きく傾き、最終的な色を決定する側が有利と言われているためである。それでも遊星が一定の人気を保ち続けるのは、机上の研究では形勢が傾くのは明らかとはいっても人間が現場で対応するのが非常に難しいこと、上記の認識を逆手にとって時には意表を突ける点が挙げられる。また、ソフトの数字上では本譜の形が唯一の互角と言われているため、最悪スワップしてもこの形を打てばそれでよいと考える人も多い。
本譜の形については、数字上は互角なのだが大きな作戦分岐の選択権を黒が持ち、手番も黒が持っている。これは人間の立場からすると、やろうと思えば分岐のかなり奥のほうまであらかじめ準備できるという利点がある。連珠の形を色々見ていくとなんとなくわかってくるが、多くの形では「黒が有利な代わりに白が局面を選べる」とか「白が勝つ局面だが針の穴を通すような精度で打たなければならない」など形勢と人間的な打ちやすさが分かれている。
本図遊星黒5では、数字上ほぼ互角とはいってもソフト通りに打っていくと白側に針が振れることは基本的にない。その上、黒は序盤の重要局面での選択権を(恐らく)全て握っている。もちろん、実戦の綾で白有利になることもあろうが、ソフト的にも人間的にも黒が打ちやすいだろう。そういう形を積極採用する意味とは何か?
話がちょっと逸れてきたので本題に入る。第一図白20が私の注目した最初の箇所である。この手を現場で見た時には正直に言って自分が打つには抵抗があるなと感じた。白20は確かに連を止めながら連を作っているがそれだけであり、攻めとしても下辺は狭く見えるし黒19,13,9の石であらかじめ受けられている。確かに左右連携を断ってはいるのだがこの局面の主戦場は上辺であり、そこへの影響力はゼロである。本譜を見ても白20は活かされずに終わってしまったので結局のところ何だったのだろうと思っていた。
終局直後の神谷さんの話によると、白は右辺で攻めを継続すれば勝っていたらしいとのことだったのであまり気にも留めなかった。帰国後、何気なくどうやって勝つのだろうとソフトに聞いてみて驚いた。


検討図 


https://bit.ly/3ZeTNU7

ソフト推奨は白26を保留して単に28がよいとのことだが、ここでは本譜を尊重する。白28となって確かに局面白の攻めが続く。しかし黒29が急所の受けで、ひと目でどう勝つか私はわからなかった。それでもソフトは白勝ちだというのでうまいこと右辺に手を付けて勝つんだろうなと思っていた。そこでソフトが選んだのは白30!、そして32と継続する。黒33が最強の受けだが白34に35が最強、そして白36から38が決め手になる妙手。白38はA点四三のミセ手だが、黒A後白BCと打てば黒D点が四四禁になり白勝ちになる。

検討図2

とはいえ先ほどのは上辺にも白石が色々あったからそれがなんだかんだ連携して受け無しに至るのだろうと感じた。そこで実戦ではまずありえないが黒23とゆるゆるの手に変えて下辺の状況を確認する。やはり白32までが妙進行で、この手順により部分図受け無しになるようだ。大した攻めにもならないとか言ってすみませんでした。
つまり、本譜白20は「黒に手番をあげます。上辺に好きなように打ちまわすことも許します。しかし連は一個止めて下辺からの連携を確実に断ちます。また下手な手を打って後手を引いたら受け無しにしちゃいますよ?せいぜいがんばってね?」と催促する構想だったというわけである。もっと強いマシンを使って検討すればすぐに気づいたのかもしれないが、この両者の手順を見る限り下辺の受け無しには特に気を遣っていなさそうに見える。多分そこまで調べずにやっているのではないだろうか。手順をみて違和感をもっても最近は「ソフト先生の言うことだから」ととりあえず受容しがちになっていたのだが、変に思ったら検討するのはやはり大事だ。また、本局のように一つ検討する基準になるような対局が実戦で出ると、そこを軸にして色々考察を広げられる。ソフト時代になって人間の棋譜を並べてもという感覚はあるが、ソフトがより局面理解の助けになってくれる。「人間がソフト通りに打ててすごい!」という使い方しかほとんどしてなかったが、今年は別の視点で並べて検証したいと感じさせられる体験だった。


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