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規格要求事項の私的解釈:「8.5.1 製造及びサービス提供の管理 e) 必要な適格性を含め,力量を備えた人々を任命する。」(小林製薬、アグリフーズ、吉田屋)

課題:適格性のある人材とは(相互依存する規格要求事項)

■適格な人材とは

8.5.1 製造及びサービス提供の管理
組織は,製造及びサービス提供を,管理された状態で実行しなければならない。
管理された状態には,次の事項のうち,該当するものについては,必ず,含めなければならない。
・・・
e) 必要な適格性を含め,力量を備えた人々を任命する。

製品サービスを実現するためには、それにふさわしい人を配置しなくてはならない。
きわめてまっとうな論である。
しかし、「ふさわしい」とは何を指すのだろうか?

このドキュメントはこれがテーマになる。

■紅麹事件

小林製薬が発売する「紅麹」のサプリメントでの腎臓障害により5人が亡くなっている。
まだ原因が特定されていないが、その究明のための活動は続いている。

○小林製薬工場への立ち入り検査始まる、「わずかでも得られる情報があるなら」…被害の原因究明は見通せず
2024/03/31

 小林製薬(大阪市)の「 紅麹べにこうじ 」成分入りのサプリメントの健康被害で、関連工場への立ち入り検査が30日始まった。厚生労働省は大阪市や和歌山県と合同で、問題となる紅麹原料の製造ラインがあった大阪工場(大阪市淀川区、閉鎖)と、現在、製造を担っている子会社の和歌山工場(和歌山県紀の川市)を調べる方針だが、原因がどこまで究明できるかは見通せない。

https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20240330-OYO1T50030/

もともと、紅麹をサプリメントにすることには危険性があり、2014年には食品安全委員会から注意喚起されていた。

○紅麹を由来とするサプリメントに注意(欧州で注意喚起)
2014年3月

欧州において、以下の注意喚起が行われています。

 「血中のコレステロール値を正常に保つ」としてヨーロッパや日本などで販売されている「紅麹で発酵させた米に由来するサプリメント」の摂取が原因と疑われる健康被害がヨーロッパで報告されています。EUは、一部の紅麹菌株が生産する有毒物質であるシトリニンのサプリメント中の基準値を設定しました。フランスは摂取前に医師に相談するように注意喚起しており、スイスでは紅麹を成分とする製品は、食品としても薬品としても売買は違法とされています。

https://www.fsc.go.jp/sonota/kigai_jyoho/benikouji_supplement.html

にもかかわらず、「たいしたことは無い」として販売を続けていた小林製薬には信頼性が持てない。とはいえ、上記については「過剰摂取」でも無い限り問題は無いとして販売しているのであろう。もっとも、食品安全でも特保でもない規制の緩さが原因の一つに挙げられても否定はできない。

しかし、報道から「特定の時期」の「特定のライン」で製造された製品だけが問題であるかのように聞く。いったい、こうしたサプリメントを製造しているラインの人は異常を何も感じなかったのだろうか。もし、普段と異なる薬剤を混入させていたなら,それは大量であり気がつかないと言うことがあるのだろうか?

■異常に鈍感な人々

ISO9001での認証審査で工場に入るときには、まずは目を閉じる。匂いや音などを感じ、当然しない匂いや音などがあれば注意を払う。揮発性の溶剤を使っていないか、工作機械にきしみがないかなどが懸念されるのであれば、それの確認をする。

食品についても同様だ。

○駅弁の老舗「吉田屋」、全国で554人に食中毒 原因は弁当の米飯か
2023.09.23

 1892年設立の老舗駅弁メーカー「吉田屋」(青森県八戸市)の販売した弁当を食べて食中毒と断定された人が2023年10月6日時点で29都道府県で521人に上っています。八戸市保健所が公表しました。原因は9月15日、16日に製造された弁当にあるとして、9月23日、吉田屋に対し、営業禁止命令を出していましたが、11月4日に解除しました。

 9月の連休に向けた注文に対応しようと米飯を県外の委託業者から仕入れ、弁当を製造していました。しかし、食材の受け入れにあたり必要な作業を怠っており、「その結果、当該食材(米飯)に付着していた菌が増殖するなどして製造された商品に含まれることになったと考えております」とコメントしています。

https://smbiz.asahi.com/article/15012575

今でもそうだが、賞味期限が過ぎていたり、ちょっと旧いなと思う食材は「匂い」を嗅ぐ。およそ腐りかけているご飯を詰める際には手触りや匂いがおかしいはずである。「自分が食べるのではないから知ったことではない」という人に作業をさせてはダメである。

○アクリフーズ農薬混入事件

アクリフーズ農薬混入事件(アクリフーズのうやくこんにゅうじけん)は、アクリフーズ(現・マルハニチロ)群馬工場製造の冷凍食品に農薬のマラチオンが混入された事件。2013年12月の発覚後に自主回収(リコール)が実施され、2014年1月に同社で勤務していた契約社員の男が逮捕された。

(事件の経過)
アクリフーズ群馬工場で製造された冷凍ミックスピザを購入した客から、「石油臭い異臭がする」と苦情が2013年11月13日に寄せられ[1]、問題の商品を受け取ったが、この時点では全品回収はされなかった。その後12月29日までに、日本各地から苦情が20件寄せられたため調査した結果、返品された商品から高濃度の有機リン系農薬、マラチオン(殺虫剤の一種)が検出された[2]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アクリフーズ農薬混入事件

「石油くさい」などと言うことは製造ラインにいた人は気がつくはずである。気がつかないのであれば鈍感であるし、気がついていても放置していたとしたら無責任である。当然犯罪は許しがたいとしても、それを防げないと言うことはラインにいる人々の無責任さを感じる。

○雪印集団食中毒事件

雪印集団食中毒事件(ゆきじるししゅうだんしょくちゅうどくじけん)とは、2000年(平成12年)6月から7月にかけて、近畿地方を中心に発生した、雪印乳業(現:雪印メグミルク)の乳製品(主に低脂肪乳)による集団食中毒事件。

本事件は認定者数が14,780人[1][注 1]にものぼる戦後最大の集団食中毒事件となり、石川哲郎社長が引責辞任に追い込まれた。

(経緯)
2000年3月31日、北海道にある雪印乳業大樹工場の生産設備で氷柱の落下に伴う3時間の停電が発生し、同工場内のタンクにあった脱脂乳が20度以上にまで温められたまま約4時間も滞留した。この間に病原性黄色ブドウ球菌が増殖したことで、4月1日製造分の脱脂粉乳内に毒素(エンテロトキシンA)が発生した[1]。

本来なら滞留した原料は廃棄すべきものであったが、殺菌装置で黄色ブドウ球菌を死滅させれば安全と判断し、脱脂粉乳を製造した。工場は同日分の脱脂粉乳に細菌が異常繁殖していることを4月3日に把握したが、製造課長は叱責を恐れてこれを隠蔽[2]。そのまま出荷されたほか、4月10日製造分の脱脂粉乳に再利用された。黄色ブドウ球菌自体は死滅したが、毒素が残ったまま脱脂粉乳は大阪工場に送られた。

7月1日朝、大阪市保健所と厚生省(現・厚生労働省)の担当者が大阪工場に立入調査を行い、製造ラインの調合タンクと予備タンクの間のバルブに黄色ブドウ球菌が繁殖しているのを検出した。しかし大阪支社は発表を逡巡し、直後の記者発表では汚染物質の存在を否定した。同日午後の記者発表でようやく汚染を認めたが、石川社長は会見内容を事前にまともに聞かされておらず、会見中の担当者の発表に驚き「君、それは本当かね」と口を挟む混乱ぶりであった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/雪印集団食中毒事件

異常があればラインを止めるというマニュアルがあったにもかかわらず「叱られる」からといって放置する。組織風土として未熟であることが明らかである。

■適切な人の配置

再び規格を見てゆこう。

8.5.1 製造及びサービス提供の管理
組織は,製造及びサービス提供を,管理された状態で実行しなければならない。
管理された状態には,次の事項のうち,該当するものについては,必ず,含めなければならない。
・・・
e) 必要な適格性を含め,力量を備えた人々を任命する。

じつは「適格性」ということばは定義にはない。力量ということばの定義には下記の様にあるが、注記は元々のISO/IEC 専門業務用指針-第1 部:統合版ISO 補足指針の附属書SLにはない。

3.10.4 力量(competence)
意図した結果を達成するために,知識及び技能を適用する能力。
注記 1 実証された力量は,適格性ともいう。

これでは、箇条8.5.1の適格性と力量を分けて表現している説明になっていない。
むしろ、下記の様な説明の中で「人の特性」として捉えた方が納得感が強い。

3.10.1 特性(characteristic)
特徴付けている性質。
注記1 特性は,本来備わっているもの又は付与されたもののいずれでもあり得る。
注記2 特性は,定性的又は定量的のいずれでもあり得る。
注記3 特性には,次に示すように様々な種類がある。
 a) 物質的(例機械的,電気的,化学的,生物学的)
 b) 感覚的(例嗅覚,触覚,味覚,視覚,聴覚などに関するもの)
 → c) 行動的(例礼儀正しさ,正直さ,誠実さ)
 d) 時間的(例時間厳守の度合い,信頼性,アベイラビリティ,継続性)
 e) 人間工学的(例生理学上の特性,人の安全に関するもの)
 f) 機能的(例飛行機の最高速度)

しかし、こうした特性については、規格要求事項には明示的には示されていない。

7.2 力量
組織は,次の事項を行わなければならない。
a) 品質マネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性に影響を与える業務をその管理下で行う人(又は人々)に必要な力量を明確にする。
b) 適切な教育,訓練又は経験に基づいて,それらの人々が力量を備えていることを確実にする。
c) 該当する場合には,必ず,必要な力量を身に付けるための処置をとり,とった処置の有効性を評価する。
d) 力量の証拠として,適切な文書化した情報を保持する。
注記適用される処置には,例えば,現在雇用している人々に対する,教育訓練の提供,指導の実施,配置転換の実施などがあり,また,力量を備えた人々の雇用,そうした人々との契約締結などもあり得る。

あくまでも、製品実現に必要な能力を意識させる記述となっている。しかし、組織能力を高めようとするならば、人の能力だけでなく適切性も見なければならない。さもなくば、目の前の不正に対して「見て見ぬふり」をしかねないからだ。

■規格を総合的に見る。

箇条「8.5.1 製造及びサービス提供の管理」だけを見れば良いわけではない。
箇条「7.2 力量」も経営機的な事以上の検討も必要であろう。
そして、箇条を個別に独立したものとしてではなく全体感の中で見るべきである。
たとえば、

7.3 認識
組織は,組織の管理下で働く人々が,次の事項に関して認識をもつことを確実にしなければならない。
a) 品質方針
b) 関連する品質目標
c) パフォーマンスの向上によって得られる便益を含む,品質マネジメントシステムの有効性に対する自らの貢献
d) 品質マネジメントシステム要求事項に適合しないことの意味

いったい自分は会社に何を期待されているのかを知らなければ責任ある行動はとれないだろう。

7.4 コミュニケーション
組織は,次の事項を含む,品質マネジメントシステムに関連する内部及び外部のコミュニケーションを決定しなければならない。
a) コミュニケーションの内容
b) コミュニケーションの実施時期
c) コミュニケーションの対象者
d) コミュニケーションの方法
e) コミュニケーションを行う人

そして、組織は何を期待しているのかを伝達しなければならない。
さもなければ「君、それは本当かね」となりかねない。

(2024/04/09)

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