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忘れられない患者様 明日は晴レカナ、曇リカナ

日々患者さんの診療をしていますが、忘れることができない患者さんがいます。
私が大学病院に研修医として勤務していた時、私が主治医をしていたAさんです。
Aさんは大手百貨店の精肉売り場で働いていました。
年の瀬で忙しい中、デパートのお肉屋さんで精肉をしている際、誤って自分の右手を機械に入れてしまい、 手が欠けた状態で救急車で運ばれてきました。
医局ではAさんの右手を何とか外科的に作り出し機能回復できないかと特別なチームが作られ、Aさんに合計10回以上の手術をしたのです。
衝撃的な病歴、そして長期に渡る入院生活の中のあっても、Aさんは百貨店の営業で磨いたと言う人を楽しませるトークで、処置などに関わる看護師と医師を笑わせていました。
医師達も、その姿に感心し、何とかしてあげたいと皆心に思っていました。長期に渡る入院生活の中、医師団がさらに良い治療方法を提案しましたが、Aさんは治療の希望をされず、退院されました。
おそらく治療をすることよりも、より良く生きることを優先させたのだと思いました。
退院の日、私はAさんの個人的な連絡先をメモで受け取りました。
それから数年後、私はふとAさんのことを思い出し、思い切って連絡を取ってみました。
そして喫茶店で会うことになりました。
するとAさんが、大学病院での入院生活を振り返りながら、
「入院生活、今でもよく覚えています。実はあの時、婚約者もいたんです。でも、右手を失ったので婚約破棄して諦めたんです。辛かったですよ。 長く入院していると、医師の世界が垣間見えて、B先生とC先生が対立していたり、医師が疲れ切っているのがわかってしまったりで、お医者さん達も大変なのだと思いましたね。 今日久々に元主治医に会うのに、義手をはめてくるかすごく悩みました。 義手をしていると、正直馬鹿にされるのです。 笑われたりね。人間って残酷なんですよ。でもよかった、先生は幸せそうですね。」
私はじっとAさんの義手をみつめました。
その時、私は何か温かい言葉をかけるべきでした。
しかし、今も何でそんな行動をとったのかわからないのですが、泣きすがるようにAさんに、毎日仕事が辛くて頭が割れるように痛い、と本音を話してしまったのです。
するとAさんは、
「先生そういう時は空を見るといいですよ。 先生にわかるかな。僕は病気をしてから、空が本当に綺麗に見えるようになったんです。 これだけは自慢できるんです。」 私とAさんは空を眺めました。
その時Aさんがすごく誇らしげに微笑んでいる姿がありました。
私に頼られたことがすごく嬉しそうでした。
Aさんは障害を抱えた困難の日々の中で自分自身の心を磨いたのだと思いました。
私はまだそのような境地に到達できていません。
研修医の時も、少し手慣れない私にAさんは「B先生はこういう処置をしていましたよ。」などとさりげなく助けてもらっていましたが、またしてもAさんにはかなわないと感じました。
三浦綾子さんの著書にこうあります。
「命というものは不思議なものだ。命が他人のものだとしたら、確かにこの世に無用な存在などないのではないか。一見役立たずに見える人間が、そこにいるために、人々は苦しんだり、悲しんだりしながらも、人間として真実に生きる道を求めてゆく。私は、もっと深いところで人の命を考えなけらばならないと、ようやく気が付いた。」
無駄な命も、無駄な経験もない、それが誰かの心と繋がった時生きるようにできているのではないか。
最近、雨が降ったり、晴れたりのお天気です。
つかの間の青空にAさんの言葉と、武満徹の「明日は晴レカナ、曇リカナ」をしみじみ味わっています。
皆さんも是非聞いてみて下さい。
明日は晴れかな、曇りかな 作詞、作曲:武満徹
昨日の悲しみ、今日の涙
明日は晴れかな、曇りかな
昨日の苦しみ、今日の悩み
明日は晴れかな 曇りかな
             =一部抜粋
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