エッセイ&コラム(しっかり)

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ノート

GOT最終章~キーマンは、二人のデンマーク人俳優?

昨日、4月15日午前10時(日本時間)。
HBOドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』最終章(第8シーズン)の世界同時放送が始まった。

待望の第1話(S8-1)を観て、俄然面白くなったと個人的な興味を引かれたのは、このドラマの主要人物であるジェイミー・ラニスターと、ユーロン・グレイジョイ。演じているのは二人とも、デンマーク人俳優だ。

アメリカ制作のドラマにデンマークの俳優が?と思われるかもしれない

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88年の秋、ある一日

新元号が『令和』に決まった。
30年前、『平成』のときは何をしていて何を感じたか。
思いを馳せている人も多いと思う。

わたしは当時、富良野塾の塾生だった。
富良野塾とは、役者とシナリオライターを養成する脚本家・倉本聰の私塾である。ドラマ『北の国から』のような手作りの丸太小屋に住み、皆で共同生活を送っていた。

新聞もテレビもない場所だった(正確にいえば郵便は配達されていたので、新聞は個人で希望す

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韓国ミュージカル観賞記①~時が来た

初めに断っておくが、わたしはミュージカルが苦手だ。
子供の頃は、熱狂的なヅカファンだった叔母たちに連れられ、宝塚も東宝も何度か観に行ったけれど、あまり魅力を感じなかった。歌で想いや感情を表現する演者たちを、うっとり眺める眼差しがわたしにはないと気づいたのは、二十代の初めだろうか。きらびやかな舞台装置には目を瞠るけれども、物語に没入できず、引いてしまう。ファンにはおそらくたまらないであろうミュージカ

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台湾を想う

台湾が大好きな、仕事仲間のディレクターがいる。
今夜は彼女と二人、台湾料理を食べながら台湾の良さについて語り、台湾を想った。

今朝、ニュースで台湾北東部花蓮沖の地震(M6.0)が起きたのを知り、真っ先に浮かんだのが彼女だった。2月に一人旅をすると聞いていたからだ。

すぐさまLINEで「いま台湾?大丈夫?」と打ったら「ご心配なく。会社で編集してます」と返事がきた。よかったと胸を撫で下ろしながらや

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窓からの風景

生まれ育った家を、おととしの秋に手放した。
両親はいま同じ老人ホームで十分な介護を受けながら、恙なく暮らしている。
だからその対価として家を失うことに、なんの躊躇も未練もなかった。
なのに今夜は、たまらなくせつない。

ふとした瞬間に「ああ、もうあの家はないんだ」と頭をよぎることは、これまでに何度もあったし、実際に何度も、取り壊している様子や、新しく建った家の話などを耳にしている。更地になったとき

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イエンセンの王冠

代々木八幡に、デンマーク駐日大使館御用達のパン屋さんがある。
名前は『JENSEN(イエンセン)』。
本場のデニッシュが味わえる、東京で唯一の(と個人的に思う)店だ。

昨日はお昼頃に立ち寄ったのだが、お目当てのスモースナイル(※デンマーク語で「スモ―」はバター、「スナイル」は渦巻きの意味。シナモンロールだと思って頂ければOK)は、すでに売り切れてしまっていた。
ヨーロッパのベーカリーのように、朝

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時間と行動の符合

一日の始まりに、今日はAをしようと考えていたのに、ギリギリになってできなくなる。そういうことはよくある。
しかし、違う時間を過ごしたことで何かが起き、思いがけず、Bという選択を余儀なくされることは、滅多にない。
そんなときは決まって「ああわたしは、今日はBをしなきゃいけない日だったんだ」と、意味もなく腑に落ちる。
肌で感じる、というか、何かの力が働いたような。
「あなたはそっちを選択すべきだ」とい

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早稲田探訪

土曜日の今日は、夫婦で早稲田界隈へ。
そもそもは、若い抽象画家(友人の渡邉息吹君)の個展に行くのが目的だった。彼はアメリカ留学中の大学生なのだが、日本に帰省するたびに個展を開いている。

お昼どきを少し過ぎてはいたのだけれど、覗いたらちょうど食べに出てしまったばかりだったので、じゃあわたしたちもどこかで食べてからまた来よう、ということにした。

そこで、夫が学生時代に皿洗いのバイトをしていたという

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120分の1

夕方、ようやく締め切りの原稿をあげて一息つき、携帯を見たら、いつになくnoteの反応があった。しかも少し前に書いたものに「スキ」が増えている。

どうしてだろうと思い調べてみたら、今週の「#コンテンツ会議」で取り上げられていた。

選んで頂いたのは、以下のnoteである。

昨年の10月1日から、毎日書き始めてまもなく4ヶ月。
今日のこのnoteで、121日め。
note公式に選んで頂いたのは、お

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小劇場の熱を求めて

初めて小劇場の芝居を観たときの衝撃。
19歳で感じたあの興奮を、わたしは忘れない。

たしか、1986年の秋ごろだったと思う。
たったひとりで、名古屋の大須にある古ぼけた小屋へ足を運んだ。

南河内万歳一座『唇に聴いてみる』。

おそらくなにかの演劇雑誌で公演があることを知ったのだろう。当時は「演劇ぶっく」を愛読していたからそこに載っていたのかもしれない。わたしはごく普通の短大生で、他大学のサッカ

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