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狸小路の映画館を探して

週末、富良野塾の後輩たちの芝居を観るため、久しぶりに札幌へ行った。
いつ以来なのか、思い出せない。卒塾した翌年と翌々年に続けて2回訪れたが、もしかするとそれ以来かもしれない。
駅に降り立った瞬間から、進化した札幌は別世界のようで、見知らぬ街に放り込まれたようだった。ほんとうにここは札幌かと、とくに地下通路の発展ぶりには目を瞠るものがあった。歩いて10分ほどかかるホテルの入り口まで続いている。滑って転ぶ心配もないし、寒さで悴むこともないのは本当にありがたいことだ。

一泊二日でゲネプロ(本番前のリハーサル)もマチネも観て、というスケジュールの合間に、ふいに時間ができたわたしは、映画を観ることにした。

富良野には映画館がない。
映画を観たければ旭川、観たい映画によっては札幌まで足を伸ばす必要がある。わたしが在塾していた30年前は、富良野から札幌まで電車を乗り継いで、片道4時間半かかった。それでも二十歳のわたしは映画を観たくて、月に一度しかない休みの日、まだ真っ暗な時間に塾を出て(塾から富良野駅までは車で40分ほどかかる)、ほぼ始発で札幌へ向かった。
映画を1本観て、喫茶店でケーキを食べながらコーヒーを飲み、美容院で髪を切るだけで、あっという間に帰りの時間になってしまう。札幌での滞在時間はいつも短かったけれど、農作業で働き詰めの毎日だからこそ、どんなに疲れていても出かけていった。「オフの日の札幌」はわたしにとって大切な、自分を解き放つ場所だった。

映画館の名前は忘れてしまったけれど、場所は憶えているつもりで、狸小路へ。
たしかにそれらしい映画館はあった。古そうに見えるが、昔の面影はない。
間違えたかなあ、さすがに記憶はあやふやだ、と思いながらも、ほかに探す時間もなく、『家に帰ろう』という映画をその映画館で観た。

観終わって出る前に、受付の女性に「この映画館はいつできたんですか?」と尋ねると、「26年前です」という答え。そうか、やはり、と納得しながら、わたしはなぜか妙に胸が詰まって、大きくふう、と息をついた。そして、薄いガラスのドアを押し、きんと冷える階段を下りた。
がっかりでもなく、せつない、というわけでもなく。
ただ過ぎ去った時間の長さに、圧倒されたというか。

ケーキをもうひとつ追加した喫茶店も、慣れないパーマをかけて大失敗した美容院も、どちらも狸小路界隈にあったのだが、探そう、という気持ちもなくなっていた。

あの「オフの日の札幌」は、どこにもない。それでいい。
たしかに胸は、詰まるけれども。

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