もの_の_まわり

SyuRoのまわり 「産業」 編

私たちは「もの」だけでは幸せになれないことを、高度経済成長やバブルを経験した社会の中で体感しています。

最近、そうした状況を「ものはいらない」「若い人を中心に、ものを買わなくなった」と言われています。

本当にそうでしょうか。

僕は、「もの」の「まわり」が見えにくくなっている。
「もの」の「まわり」があまりにも省かれて出会いづらくなっている。と、思っています。

決して、「ものなんかいらない」とか「買わなくてもいい」とか思っているわけではないと思います。

私たちは「超検索時代」に生きています。
欲しい「もの」の情報は、検索して無駄なくたどり着ける。寄り道せず、目的にまっしぐらに買いたい「もの」に到達し、買い物をする。
実店舗なんていらない、なんて言われる時代がますます極端に進化していくと、私たちはAIなんかに先読みされ、自分が欲しいであろう「もの」が、勝手に送られてくる、時代になる、なんて言われています。

本当にそうでしょうか。

僕はこれからの私たちに必要なものは、「もの」に出会う前の「まわり」だと思っています。

その「もの」の背景にある産業を知ることは、その買い物自体が、その応援にダイレクトにつながります。

その「もの」の手入れの仕方を「購入した店」がしっかり教えてくれる買い物は、長く使いたいあなたの生活を豊かにするでしょう。

その「もの」を使って定期的に「購入した店」がイベントを主催してくれる。最低でも年4回、その「もの」を使った
例えば「料理教室」などが行われることがわかっている買い物は、生活を豊かにしてくれるチケットを買ったような気持ちになると思います。

あなたが購入した「もの」と同じ「もの」を持っている人との、定期的な集まりを店が主催してくれたら、わからないことを聞きあったり、同じ「もの」を持った者同士の、楽しい仲間となれる。

そして、その「もの」が誕生した場所、作られた産地、工場、会社をみんなで訪ねる企画を店が定期的に主催したら、単なる「買い物」が一気にそのふるさとが自分事のように感じられて、ワクワクする。

私たちは、これまで、もしかしたら、ただ「ものを買っていた」だけなのかもしれない。


「もの」には、そんな「まわり」がある。

「まわり」も手にいれることで、「もの」は「もの」を超えていく。
そんな考えが「もの・の・まわり」です。

もの・の・まわりについて、前回に書いた解説です。
https://note.mu/nagaokakenmei/n/ncaa6d18822ac
dのホームページに記載している「もの・の・まわり」のページ
https://www.d-department.com/item/DD_EVENT_9902.html

さて、記念すべき第一回は、東京は台東区の下町に生まれたブリキ缶をより未来に向けて洗練させている「SyuRo」というブランドの「もの・のまわり」の「産業」のお話からはじめましょう。

私たちは限られた生活空間をできるだけ快適に暮らすよう、収納に気をつかったりしています。様々な箱や草木で編んだ籠。工業用のトレーや、USEDマーケットで見つけたなんか収納に使えそうなものの見立てなど、楽しくもあり、生活の現実でもある。そんな一つに、ブリキでできた「SyuRo」の筒、箱があります。


「SyuRo」の製品はもともと食品の「のり」を保存する容器として発想され、東京の下町の「のり」問屋などがひしめき活気があったエリアで必然から生まれた「入れ物」でした。

やがてそうした産業の衰退、移動、形状の変化、進化などにより、缶の加工そのものがなくなりつつある中で、この技術を残すことが、この産業の物語を語り継ぐことにもなり、同時に、もともとは「のり」のために作り出された業務用の丈夫さ、長もちの仕方の発想を、私たちの日常の中の「収納」に取り入れるスタイルは、サイズ変更が今後もなされない、丈夫で質の感じられる生活風景を積み上げられる豊かさにもつながる。そう思うのです。

この大小様々な専用器具、加工機械を駆使しつつ、そのほとんどは手仕事という道具入れを使うことで、台東区の産業にコミットしていく。あなたが購入したそのブリキ缶の経年変化そのものが、産業の成長の印や気配となる。そんな丈夫な「SyuRo」の筒、缶です。

さて、SyuRoのまわり「産業」について西山薫さんと取材してきました。

SyuRoの角缶は、職人が一つひとつ手づくりしている。

ブリキの板を裁断し、折ったり曲げたり。すべての工程を手作業でおこなう。「手づくりの缶は、機械でつくる缶とは存在感や雰囲気、佇まいが違うんです」と話すのはSyuRoの代表、宇南山加子さん。

「空間の中に一つあるだけで、"凜”とした空気が漂う。そんなオリジナルの商品をつくりたいと思っていました」。SyuRoがオリジナルの角缶を販売するようになったのは、そんなきっかけだ。

宇南山さんは「ブリキの素地のまま、錆び止め加工はしない」オリジナルの角缶を企画した。「素材のままのほうが、いろいろなインテリアに合うし、用途も問わないと思いました」。

現在、世の中に出回っている缶のほとんどが機械で生産されている。手づくりできる職人は年々減っており、SyuRoの角缶も中村敏樹さんという職人がひとりで手掛けていた。中村さんは、主に海苔の缶を製作している缶職人だ。もともと台東区で作業していたが、その後、埼玉県に工場を移した。

「台東区には、江戸文化の頃から製造業を営む人たちが集まっていて、その中に缶職人もいました。ちなみに丸缶は、外側と中蓋、塗装、和紙を貼るなど、完全に分業制です」。

人間にしかつくれない

SyuRoの角缶は2009年から販売している。その前年、展示会で発表すると「想定していたよりも反響があり、すぐに取引も始まりました。とても忙しくて、当時の記憶がないくらい(笑)」。需要は絶えることがなく、海外からの注文も増えていった。

手づくりだから、もともと一度に大量にはつくれない。しかも、角缶は、中村さん以外につくれる人がおらず、後継者もいなかった。

「機械化できないだろうか」と、視察しに来る人もいたそうだ。ただ、一部を自動化しても手作業が必要な工程が多く、実現できた人はいなかった。「中村さんにしかつくれない。だからこそ、技術の継承は必要だと思っていました。けれども、なかなか実現できずにいたんです」。


その後、中村さんは体調を崩し、角缶をつくれない日が少しずつ増えていった。宇南山さんは、中村さんに手紙を書いて渡したという。

「中村さんの缶には魅力があり、多くの人に好まれている。海外の人も喜んでくれていて、ずっとつくり続けてほしいと思っている。そして、なんとか技術を一緒に継承させてもらえないだろうか」といった内容だったそうだ。

「その手紙を読んで、中村さんは喜んでくれました。だけど、自分の技術なんて継承するほどのものじゃない、いいよ、いいよって謙遜されて。結局、そのままお返事はもらえませんでした」。

それから中村さんの体調が悪化して、2015年に生産中止となる。

そんな中、中村さんの息子さんが宇南山さんの手紙を見つけ、「父のつくる缶に需要があるなら、ぜひ継承してほしい」と、承諾を得ることができた。

そして、宇南山さんは「日本仕事百科」で職人を募集。現在、石川浩之さんを職人として迎え入れ、2017年から中村さんの工場を継いでいる。

石川さんはSyuRoの角缶がどうやってつくられていたのか研究し、中村さんが長年つかってきた道具の使い方も"使いながら”覚えていったという。



ちなみに、僕の家では、手紙セットとして使っています。メール時代の今ですが、ある人は必ず手書きのハガキを節目節目に送ってくれます。
その様子を見て、「なんて、心のこもった、今の世の中に必要な心意気なんだろう」と感動して、それから美術館などに行くと必ず「ポストカード」を買い、この缶に入れるようにしています。


「SyuRo」の缶が長きにわたる産業や技術継承の物語に支えられているということを知り、ますます「少し、自分の日常で大切なしたいこと」にまつわるものを入れるようになりました。まさに、この缶は「道具」が似合う「道具」だと思っています。さび止などのないことによる経年変化も、暮らしの歳月を重ねている実感につながっています。



直前ですが、d&d東京にて、宇南山さんをお招きし、トークショーを開催します。ぜひ、ご参加ください。
https://www.d-department.com/item/DD_EVENT_11317.html

dの「もの・の・まわり」ページ
https://www.d-department.com/item/DD_EVENT_9902.html
商品の購入はこちら
https://www.d-department.com/item/2015000100156.html

さて、ここからは毎回、取材を終えた僕ら「ナガオカ・ニシヤマ」の「ナガ・ニシ・後記」です。取材を終えてカフェで一息、みたいな、本音で締めくくる原稿化前の、リアルやり取りをそのままお楽しみください。

ナガオカ(以下 ナガ)
今回、SyuRoの取材をして、宇南山さんの行動、すごかったですね。作っている方に「あなたの技術は素晴らしい」と伝え、継承してほしいという手紙を書いたという話、そんなこと、なかなかできませんよね。

ニシヤマ(以下 ニシ)
そうですよね。宇南山さんのお父様の技術を継承できなかった、そのもどかしさも原動力になった、、と言ってました。

ナガ
なるほど。残念なことに、継承をお願いしている最中にお亡くなりになり、その手紙がのちに発見されたという話も感動的でした。

ここから先は

1,377字 / 1画像

¥ 400

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?