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永代和盛の囲碁人生 Ver.13(中学校の入学式&部活決め)

中学校入学前に

小学校卒業直前で学力テストがあった。
中学校でのクラス分けの材料に使うらしい。
これは公立の小学校にしては珍しく順位発表もあった。意外に上位に行けてビックリした記憶がある。学校内で競って結果が出るなんてなかったもんなー。まぁ、私の学力のピークはここだったかな(笑)

中学校入学式

三年間着る予定だった、ブカブカの制服に身を包まれながらの入学式。
前回書いたように三年生の先輩に目を付けられないようにしなければくらいしか記憶にない。
ということで入学式に関しては全く記憶にない。

クラスメートと顔合わせ

入学式が終わり、最初は誕生日順で席順が決まった。
私は11月29日生まれで少し遅いほうなので、こういうときは後ろ寄りの席になることが多い。
席に座ると後ろの男子が「やーやー、よろしく〜!」みたいな気さくなクラスメイト(隣の小学校出身)だったので何だか和んだ。

部活動決め

そして、それから話題になるのが部活動だ。
普通の院生なら部活動は迷わず帰宅部だろう。
幸か不幸か、幕張西中学校には帰宅部というものはなかった。
必ず何かの部活動に所属しないといけないという決まりがあった気がする。(強制ではないが、ほぼ強制みたいな)

まぁ、それでもやる気がなければ帰宅部もいた。
どこかに所属してるけど行かなければいいだけの話だ。

同じ学校には張豊猷先輩(現プロ!)がいた。張先輩は一応、バスケ部に所属していて、たまに気分転換にバスケをしに行くというような有効的に部活動を利用していた。
普段はタメ口で話しているけど、学校の中では気をつけなければいけない。
生意気だと言われかねないからだ。でも、張先輩は普段どおりにフレンドリーに話しかけてくれるので、特に困ったことも起きなかった。

永代少年は何部に入ったか。
幕張研修センターには卓球台があったので、一年経った今はなかなかの腕前になっていた。囲碁よりも急成長した自信がある。しかし、残念なことに卓球部はなかった。

となると、残りは‥。

野球しかない。

小学校のころはよく学校の同級生と放課後に野球やサッカーをしていたが、野球のほうが好きだった。
非力な永代少年はボールが大きい球技(サッカーやバスケ)が苦手だった。
ボールが小さく、道具を使う、卓球や野球のほうが向いていると思った。

小学校のころの仲が良かったクラスメイトのグループはバレー部に入り、そちらからも誘われた。
楽しそうだなぁとは思ったけど、バレーは何となくママさんがやるイメージがあったのと、ボールが大きいから向いていないなと思ったしだいである。
一応、バレーの仮入部も行ってみたけど、やっぱり辞めて野球にした。(バレーは社会人になってから三年くらいやったけど)

野球部に入ったのは7~8人いたと思う。
三年は3人で、二年が10人くらい。
そんなに人数が多い野球部ではなかった。

野球部の先輩は良い人が多かった。
後輩いびりのようなイジメとかもなかったし、楽しかった。
三年の先輩では1人、不真面目で学校に持ってきてはいけないような、思春期の男子が喜ぶような本まで持ってきたり、下ネタを連発したりして面白い人もいた。
そのころはまだ恥ずかしくて話題に入れなかったけど。

そんな恵まれた環境を楽しんでいた。
囲碁はほっといて‥(笑)

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