永代和盛の囲碁人生 Ver.5(院生入学式&思い出話)

院生入学式での再会

院生手合いのほうもスタートする。
院生には入学式のようなきちんとしたものはなかったが、新入生には名前の紹介をもって入学式とするようだ。

ここで驚きの再会をすることになる。

ーーーー同じ新入生に、小学校四、五年と長崎県大会の決勝を争ったMがいたのだ。
全く聞いていなかったので「何でいるのか?」と尋ねたところ、Mから逆に「お前こそ何でいるんだ」と返されたくらいである。

これには色々と経緯があった。

趙治勲先生との思い出話

そのちょうど一年ほど前に「趙治勲プロ」が長崎に来たのである。
趙先生は自分の足で全国を周り、有望そうな子供を見つけては声をかけるということをしていた。のちに三大タイトル同時独占、七大タイトルを獲得経験(グランドスラム)、タイトル獲得数歴代1位という歴史に名を残すレジェンドがそんなに地道な囲碁普及をしていたと聞くとビックリする方がほとんどではないだろうか。その甲斐あって、金秀俊さん(現八段)、松本武久さん(現八段)などを筆頭に多数の門下生が棋士になっている。

長崎の前には熊本に寄ったという話もあったので、その前には熊本出身の鶴山淳志(現七段)さんなどもピックアップされたと勝手に予想している。

趙先生は長崎市の深堀碁会所に着くと、有段者のみを集めてトーナメント戦を行った。
四、五段クラスは永代少年と、永代兄少年、M、兄の同級生Kくんの4人だった。
ちょっと下に畠中星信少年(現関西棋院・四段)とその兄貴がいた。
でも、まだ年の差のある星信少年は初段くらいだったと思われる。
畠中兄貴は永代少年の一歳下で棋力も一段下という感じだった。

他にも有段者を交えて8人トーナメントを行った。子供同士の対局なので、優勝が決まる3局は午前中には終わった。

結果は永代兄貴の優勝だった。
そして、ここからが本番。
優勝のご褒美として趙先生に記念対局してもらえるのだ。

永代少年が誰に負けたかは覚えていない。
記念対局を逃し、とても残念だったであろうと推測する。

趙先生と永代兄貴の対局前の様子は写真が残っている。
横に陣取っている永代少年の態度があまり良さそうではないので、掲載は控えます(笑)

兄貴がどうだったか結果も忘れてしまったが、終わって昼食に行ったのを覚えている。

昼食は中華だったが、赤い円卓でグルグル回るのを初めて見て面白がった記憶がある。
なんと便利で機能的なテーブルなんだろうと。

サプライズ発生!

そして、帰り道にサプライズが起きた。
趙先生が「帰ったらもう一回トーナメントをやろう」

優勝者がもう一回打ってもらえるということだった。

張り切った永代少年は帰りの坂道をルンルン気分で帰ったものだ。
優勝すると決まっているわけではないが‥。

そして、トーナメントはまたもすぐに終わった。
今度は永代少年が優勝した。
結局、永代兄弟が独占してしまった。
K君は少し涙ぐんでいたようにも思った。

そんな事に気遣える永代少年ではない。
ルンルン気分で対局が始まった。
多分、五子局だったと思う。
よくもまぁ、四、五段くらいの子供が五子局で打たせてもらえたものだ。
本来なら七子くらいでも勝てないだろう。

そして、五子局で趙先生の初手は‥。
なんとワリ打ちだった。
普通はカカって力強く打つものだが、初手ワリ打ちとはノンビリとしたものだ。
なんだかビックリというか拍子抜けした。

今となっては「永代少年よ、好きに打つのだ」と様子を見ていたのかと推測する。

この碁はのちほど新聞にも載った。
これ以上の事は覚えていない。

そして、なぜこの話が院生入学式と結びつくかというと‥。

趙治勲門下合宿へのお誘い

趙先生はこのあと、高段者組を名指しでプロを目指す気があるなら趙治勲門下合宿に来なさいと話していたそうだ。

話していたそうだ‥。

・・・・。

永代少年は聞いてないぞ。
父親も院生に勝手に申し込むくらいだから、そうなったら絶対に何があっても合宿に行かせるはずだ。

Mはあとで、「永代少年も確か呼ばれただろ?なんで来なかったんだ?」

と衝撃的な事を言ってきた。
これが本当なら誰かの痛恨な連絡ミスであるし、Mの勘違いであれば、声が掛かっていなかったということであろう。

しかし、Mと畠中兄貴は合宿に行ったらしい。(星信少年は未確認)

永代少年が2回目は優勝したし、棋力も畠中兄貴よりもはっきりと強かった。
結果よりも中身(才能)が大事だと言われればそれまでだが、そんな都合の悪い事を永代少年が考えるわけもない。

結局、真相は闇の中である。

Mはその後、晴れて趙治勲門下になった。
事の成り行き次第では永代少年も趙治勲門下だったわけである。
逆に才能なしと判断されていたら、父親は院生自体の申し込みをも諦めたかもしれない。そうだったら、全く別の人生を歩むことになる。

あの時の真相は究明しないほうが良いとも思える事例である(笑)

そうして、院生手合いとは別で長崎出身のライバル対決も幕開けだ。

前回会ったときは良い勝負だったMとは、この時点で半子分ほど差が開いて遅れを取っていた。でも、永代少年は実にマイペースだった。
というよりも意外なことにほとんど気にしていなかったかもしれない。
慌てていた記憶はない。

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