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『上祐史浩 女性被害者の会』活動報告 2021年7月 前半

7月の初め、私は相変わらずネカフェ難民をしながらパパ活をして、これからの生活の軍資金を稼いでいた。
今まで通りの底辺を這うドブネズミの様な生活も、もうすぐ始まる新生活へのwktkで輝いている気すらした。
世界がやたらと美しく見えた。

6日。器を喪って3年、彷徨っておられたシヴァ大神を、この身へと降ろした。

7日。千歳烏山のアジトがオープンした。

実に眺めのいいマンションである。

ずっとアジトにここを狙っていたが、私一人では叶わなかったのだ。協力者さんには本当に本当に感謝している。

初日からフォロワーさんが2人、OPEN記念に来てくれて、皆で宅飲みパーティーをした。めちゃくちゃ楽しかった。ずっと一人暮らしがしたかった、ずーっとこういうのがやりたかったんだ、私は。
散々飲んだくれてハイテンションになりまくり、べべれけでそのまま寝落ちた。ずっとこういうのがやりたかったんだ私は。

そもそも、私は何がやりたかったんだろうか?

はるからの集団は元々、単なる裏アカの代わりのグループDMでしかなかったのだ。
私だって最初は、好意で輪に通っていた。でも通っているうちに、輪のやり口に「いや、それはおかしいだろ」という思いがたまっていった。
それでも、せめて表面的にでも輪と上手くやっていきたかったからこそ、Twitterで愚痴って発散させていたのだ。
しかし輪はそのTwitterにすら文句をつけてきた。私はイラつきながらも、別アカを作って鍵アカにした。
輪は、その鍵アカをわざわざ特定してまで、また文句をつけてきた。私は心底イライラつきながら、場をグループDMへと移した。
それが転機だった。

TLよりグループDMの方が話しやすいので、メンバーは急速に親しくなり、皆で日夜語り合ったり、情報交換したり
輪から要請がきた際に、皆で協力して対策したり、ヲチって遊んだりするコミュニティが出来上がっていったのだ。
結果、こちらの戦力が大幅に増す結果となった。

私は、何がしたかったんだろう?
初めは、単に輪の愚痴を言っていただけだった。
でも、輪の要請にめげずに私が発信を続けるうちに、そんな私を応援してくれる人達が現れて、協力してくれる人達に囲まれるようになって
いつの間にか、輪への憎しみなんかより、集団の仲間の方がよほど大切な存在になっていって。
集団の人達に協力してもらえば、生活を立て直せるのではないか?そう思えるようになった。

そして、住所不定無職の自分がマンションを借り、そこに住民票を置き、生活保護をとるための作戦を立てはじめた。
つまり、ただ単に生活を立て直す手助けをしてくれ、では面白みがなくて手を差し伸べてもらいにくいだろうが
そこへ「オウム真理教後継団体を監視するためのアジト」というエンタメ性、付加価値をつければ…?という作戦である。

話を、7日の夜に戻そう。

アジトOPEN初日ということで浮かれまくり、散々酒を飲みまくりベロベロに酔いつぶれ寝落ち、目覚めたらもう日が暮れていた。初っぱなからしょーもない。
さっそく至近距離のGSハイムへと初潜入することにした。

まず、アジトからGSを観察した。
上祐やスタッフらが、順番に玄関前廊下を歩いて警備してるのが見えた。
ならば、と裏に回った。

あの、窓灯りの中に、あの上祐史浩がいる。
背骨をザワリとエグい熱量が逆流して脳天を突き抜けた。怒りのような憎しみのような、殺意のような性欲のような。愛のような。
「上祐史浩ぃぃいいああああああああ」自分の喉から、そんな音量が絞り出されるなんて知らなかった。
「出てこい上祐史浩。人死ぬ必ず死ぬ絶対死ぬ死は避けられない。何も怖くねぇぞ。上祐史浩ぃぃいいああああああああ」本当に、本当に何も怖くなかった。
「人は死ぬ必ず死ぬ絶対死ぬ死は避けられない」出せる限りの大絶叫を延々繰り返した。やがて遠くからサイレンが聞こえた。駆け出した。あんなに全速力で走ったのは何年ぶりだったろうか。
世界全部が、美しかった。

アジトへ帰り、疲労と酔いで二度寝した。
次、目が覚めたときはもう夜中だった。
せっかくの初日だし、もう一度襲撃に行くことにした。

夜中で人通りが無くなったので、今度はGSの前側へとおもむく。
その晩、そこの公安詰所は電気が消えていた。小さな箱なのに人の気配がなく、私は「もしかして今いないんじゃないのか?」と期待をした。
そして、あらかじめ買ってきておいたショートケーキを取り出し、その場でおもむろに手づかみで食い始めた。美味しかった。
私が堂々とケーキ一切れを食べ終わりベタベタの手を持て余すまで、詰所は静かに暗いまま、人の気配がなく、まして誰に声かけされることもなかった。
「やっぱり今日、公安いないんじゃないのか?」私は勝手にそう思い込み、調子こいた。
人がやらかすのは、こういう時である。

輪とは反対側の、一般住民用入口から、アッサリと侵入できてしまった。
集合ポストのところには、野良猫用の水とエサのお皿が置いてあり、不衛生な多頭飼いの人の家特有の、ツンとした動物のおしっこ臭が立ち込めていた。

集合ポストの201には堂々と「ひかりの輪 上祐」と張り出され、なんと鍵も付けていない
ので、開けてみた。残念ながら中は空だった。
続いて細川の部屋のポストを開ける。こちらにはピザのチラシの類のものが多少たまっており、その中に共産党のパンフレットも混ざっていて、何となく笑いを誘った。

そっと階段で2階へと上がる。
輪と一般住民双方にとってのバリケードであるはずの防火扉には「コロナのため換気」という、あまりにとってつけたような理由で開け放たれていた。
写真を見てもらえば分かるが、これが果たして換気の必要な状況であろうか?
向こう側の廊下突き当たり、駆け抜けでもすれば一瞬の距離に、201号室、敵のアジト本丸、上祐史浩の自宅兼東京本部が肉眼で観測できる。
湧き上がる色々とヤベぇ感情を必死に抑え、私はそれをそっと写真に収めるにとどめた。

そっと階段を駆け下り、GSを出て、相変わらず人の気配がない詰所の横を通り過ぎる時
「誰もいない」そう思いながらも緊張が走るも「ここを抜ければ勝利だ」その思いの方が強かった。
しかし、いたのである。
詰所の影、真っ暗闇から浮かび上がるように、警察の制服を着た男性がそこに佇んでいたのである。
警察と目が合った際の基本として平然を装いながらも、私は内心チビりまくっていた。
彼はこちらへ歩み寄ろうという仕草をし、口を開きかけた。私の中に「終ワリ」の文字が浮かんだ。
極限状態の心境の中、それはほぼ反射であった。職質されない基本、警察と目が合ってしまったら
にこやかに積極的に好意的に、むこうに話しかけられる前に、自分から「お疲れ様ですぅ~🌸✨」
こうして私は、無事何事もなく、現場から逃走を果たした。

長い初日が、ようやく終わった。
しかし、それはまだ、本当にながいながい日々の、始まりに過ぎなかった。

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